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第19話 秘密

 夕刻になって、グラングが一日の政務を終えてロンロの居室にやってきたとき、部屋の前は大騒ぎになっていた。 「これは一体……うっ」  侍女や従者が集まり始めている。ロンロは部屋の真ん中に立ち、王が現れるのを待っていた。 「なんだこの匂いは」  グラングが顔をしかめ、手で口元を覆いながら部屋の戸口に顔を見せた。 「ロンロ、お前か」 「はい、グラング」 「何がお前に起きた?」 「僕の体臭が、変わってしまったようなのです」 「何?」 「今朝から、体調が優れませんで、それで、どうしてか、こんな体質になってしまいました。だからもう、運命の番ではないと思います」  部屋中に異臭が漂っている。それは、ロンロの身体から発していた。 「どうか、もっとあなたにふさわしいΩを探しにいってください」  グラングが匂いのきつさに涙目になりながら、一歩近づいてくる。 「これは、酢、腐った卵、魚を発酵させたものに、カメムシか……」  グラングの鼻の正確さにロンロは驚いた。確かに、それらをララレルと一緒に混ぜて、身体に塗りつけたのだった。 「馬鹿なことを。こんなものでフェロモンが消えるものか」  グラングがロンロの前までくる。 「司教らの悪口に屈したのか、それとも本当のところは私のことなど嫌いで、毎晩抱かれるのが嫌で、こんな真似をするのか、どっちだ」 「……え」 「本当のことを言え」 「……グラング」  ロンロは答えられなかった。  優しいグラング。  ここに来てからずっと、ロンロのために沢山の居心地のよい物を揃えてくれて。王妃として迎えるために、腐心してくれて。こんなみっともない雑種のために、家臣らを敵に回して。  そんな人のことを、嫌いなわけがない。むしろ、すごく――運命の番という理由を抜きにしても――いつの間にか、好きになっていた。  見た目も美しく逞しい白金の狼王。  こんな素晴らしい人が、自分に相応しいわけがない。 「どちらも、本当です」  嘘をついた。  悪口なんて、慣れている。屈してなんかない。それに、グラングのことは大好きだ。けれど、好きだからこそ、グラングには幸せになってもらいたい。  運命の番が自分でも、グラングを幸せにできる相手は、自分じゃないのだ。 「ロンロ」  王が暗い目をして呟く。 「私は、王の森で、お前は嘘がないから、好きだと言った。そのことを覚えているか?」 「……」 「私は嘘を見抜くことができない。人の表情を読み取る力に欠けているのだ。だから、今、お前が嘘を言っているのか、本当のことを喋っているのか判断がつかない」 「グラング……」 「お前は、本気で私が嫌いなのか。毎晩嫌々、抱かれていたというのか」 「……」  ロンロが目を見ひらく。その瞬間、グラリと身体が傾いだ。自分の匂いの強烈さにあてられて気分が悪くなったのだ。思わず意識が遠のき、バタリと床に倒れこんでしまう。 「ロンロ!」  助けに来てくれたのはララレルだった。他の者は皆、匂いがきつくて近よれなかった。 「あ……」  ララレルに抱え起こされて、ロンロはグラングを見あげた。  王の顔は真っ青で、失望が広がっていた。

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