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第23話

「……何を入れた」  グラングが、喉元を手で押さえながら、司教に問う。 「私の酒に、何か、入れただろう」  グラングの表情がうつろになっていく。手足を大きく震わせ始める。  ロンロとララレルは真っ青になった。 「まさか」 「毒は、王様のほうにも盛られていた?」  グラングが大きな身体をグラリと傾がせた。 「陛下は、自分の間違いに気づくべきなのです。私は、その引導を渡したまでです。陛下があの犬を運命の番だと言われるのならば、女神にそれを証明して見せて下さい」  司教が強ばった声をあげる。グラングは虚空を睨めあげた。 「催淫薬か」  突然、グラングの身体からビチビチという音が響いてきた。皮膚が痙攣し、ぶわりと芳香があたりに漂い出す。 「……うわっ、これっ」  ララレルが袖で鼻を覆う。きついフェロモンがグラングの身体から吐き出されて、ロンロも目眩を覚えた。 「林檎酒に混ぜたのは、強力な媚薬です。十日間は興奮したままになるでしょう。運命の番を相手に精力を全て使い果たさなければ、体内で毒に変わり、命も危うくなる代物です」  そして、司教がロンロに視線を移す。 「狼ならば耐えられるが、犬ではもたない」  王が胸を反らせ、苦痛に吠える。  その声に驚いた臣下らが集まり始めた。しかし匂いに圧倒されて、部屋の入り口で踏みとどまる。Ωだけでなく、βやαもグラングのフェロモンにあてられた。それ程、白金狼の芳香は強烈だった。 「グラング」  ロンロが一歩を踏み出す。グラングは息を荒くし、宙を見つめた。その瞳には、欲望が爛々と燃えている。 「……れ、ろ」  舌の回らなくなった口で、グラングが呟く。 「逃げろ」  白金王は誰にともなく告げた。 「……地の果てまで。でなければ、私はお前を抱き殺してしまう」  幽鬼のような表情になったグラングが、定まらないどこかを指さす。  けれど、ロンロは動けなかった。 「ロンロ、逃げよう、このフェロモンは尋常じゃない」   袖を引くララレルに答える。 「けど、僕が、逃げたら、グラングはどうなるの。……精力を吐き出さないと、死んじゃうって」 「他の狼にでも、扱いてもらえばいい」  ロンロは、激しい情欲にとらわれて苦しむ自分の番を見つめた。 「そんなんで、収まるはずないよ」  彼の苦しみがよくわかる。自分の中に伝わってくる。だって、自分たちは深いところで繋がってしまったから。その欲望は全て、共感できる。 「早く、……いけっ」  いつもは涼しげな声が、掠れて割れていた。グラングは強烈な欲望に理性を食われてしまわないようにと、必死に興奮を抑えこんでいる。  このまま自分がいなくなったら、この人はどうなるんだろう。苦痛にまみれながら死んでしまうのか。

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