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第24話
「さあ、私に、構うなッ」
そのとき、グラングは、フッと、今までに見せたことのない、切なげな微笑みを浮かべた。
獰猛なフェロモンにまみれながらも、一陣の涼風のように、清冽に笑ってみせる。
「……ぁ」
ロンロは、微笑みの意味を、瞬時に理解した。
グラングは、自分が死ねば、ロンロを運命の番から、解放してやれると思ったのだ。ロンロを自由にして、新たな人生を与えてやれると。その可能性を感じて、思わず笑ったのだ。
彼の考えは、まっすぐロンロの胸に届いてきた。
グラングは、ロンロの命を救うために、己の命を犠牲にしようとしている。
「……やだ」
そんなのは、絶対に嫌だ。
この人を、失いたくない。自分のために、死んで欲しくなんかない。
ロンロは、ララレルの腕を振り払って、部屋の中に駆けこんだ。
「ロンロ!」
手を伸ばし、グラングに抱きつく。逞しい胸に飛びこんで、首元に口づけた。
「どこにもいきません。グラングのそばがいい」
「……っ」
グラングが大きく喘いで、ロンロを突き放す。
「やめろッ」
けれど、ロンロはまた抱きついた。
「やめません。犬は可愛がってくれたご主人様を、絶対に見捨てたりしないんです」
自分の胴体にしがみつく小さな身体を振り払おうと、グラングが身をよじる。けれどロンロは必死ですがりついた。
「抱いて、抱いて下さいっ」
「馬鹿者っ」
馬鹿と呼ばれるのには慣れている。愚かだと、頭が悪いとも言われ続けた。そんなのは平気だった。ただ、グラングと離れたくなかった。
「お願い、僕を、抱いて」
「ダメだ」
「あなたが好きなんです」
グラングの顔が獣化する。もう自分でも、自身をコントロールできなくなってきているらしい。けれどそれでもよかった。訳がわからなくなってロンロを抱けば、グラングはきっと助かる。
「グラング、僕は、構わないから」
両手を伸ばして、ふさふさした頬を掴み、大きな口に、口づけた。すると、グラングは激しく身を震わせて、ロンロにのしかかった。床に押し倒すと、歯で服を引き裂く。
「グオオオオォォッ」
聞いたこともない激しい咆哮をあげて、全身の筋肉を硬直させ、自分の服も破いていく。司教や部屋にいた家臣らは怖ろしさに後ずさりした。
「……これは、もう、あの犬は助からん」
「ロンロっ……」
ララレルが泣きながら、家臣のひとりに連れていかれるのが視界の端に見える。部屋は、グラングとロンロのふたりきりになった。室内に濃密なフェロモンが満ちている。息もできないくらいの苛烈な香りだ。けれどロンロはそれに、ウットリと魅せられたようになった。
αの香り。
Ωが求める、至高の薫香。本能をつなぐ架け橋。世界が互いの存在だけになって、他の何もかもがはじけ飛ぶ、甘い檻。
「グラング」
欲望の獣になったグラングは、ヒトの心をどこかにおき忘れてしまったかのようだ。狂ったような情欲だけに捕らわれている。けど、ロンロは怖くなかった。ただ、可哀想で愛おしいと思った。
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