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第18話

するすると下唇を撫でられ、カッと顔が熱くなる。 「な……なんだよ……」 「うん……」 「……だから、なんだよ?」 慌てる俺の上で月形は思案顔になり、それからまた俺を見た。 「この前のワンライのお題、『キス』だったの覚えてる?」 「ああ……もちろん。けどそれが?」 あの時月形は、書きながらしきりと自分の唇を撫でていたが……。 その横顔を思い出していると、月形が妙に湿っぽいため息をつく。 「あの時キミに『キスしよう』って言おうと思ったけど、さすがに言えなかった。だから……」 「だ……だからなんだよ?」 妖しく光る瞳に見つめられ、まだ気持ちが焦り出す。 月形が俺の上からどこうとする気配は相変わらずなかった。 「この際だから、もう1回キスしよう」 「は……?」 創作のために、こいつが実体験を重んじるのは分かっている。 けど……けどさ……。 「俺じゃなくてもいいだろう」 「泉くんは嫌?」 「っていうか、普通に考えて……」 嫌なのかと聞かれたら、実際のところそんなに嫌でもないんだが。 そんなことを伝えたら、状況に流されてしまう気がした。 (どうしたらいい?) 胸の鼓動が危険信号を伝えてくる。 ところが俺は、どうしてかキッパリとこいつを拒否することができなくて。 「……時間切れ!」 月形がニヤリと笑って宣言し、唇を擦りつけてきた。 「わ、こら!」 「騒がないで、ここ図書室だから」 そんなことは分かっている。 けど今は、俺たちしかいないはずだ。 横目で司書室に続くドアを見た。 そこから誰かが出てくる気配はない。 内心ホッとする。……いや、それより月形だ。 唇同士の触れ合う感覚を確かめたこいつは、何を思ったのか、今度は角度を変えて俺の唇を求めてきた。 「はっ、ん」 湿った唇がぶつかり合う。 優しく触れ合うだけだったキスが、しっとりとした感触を伴うものに変わっていた。 こうなるともう事故だとかたまたまだとか、そういう言い訳は通じない。 こんな場所で男同士、こんなことをする羽目になるとは思わなかったけれど……。 やわらかなキスを受け止めるうち、こいつが望むなら仕方ないと考え始めている俺がいた。 「月形……」 高まってしまった熱を逃がすように、背中をとんとん叩いてやる。 「泉くん」 唇を離した月形が、濡れた瞳を向けてきた。 「すごいね、これ……気持ちが動く」 その言葉にドキリとした。 人としての感情を身をもって理解する。それは創作においてプラスに働くはずだ。 けど、気持ちが動くっていうのは……。 絡み合う視線に、息ができなくなる。 前から俺に執着するなとは思っていたけれど……こいつはこれ以上、俺に気持ちを向けてどうするつもりなんだ。 いけない領域に、踏み込んでしまったような気がした。

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