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第37話

興奮を孕んだ恋人の瞳に見つめられ、また体温が上昇する。 そうして俺たちが、初めての行為に踏み込もうとしていたその時。 寝室のすぐ外にある玄関で、インターフォンが鳴った。 (くそっ、なんでこのタイミングで!) 一瞬、母親の顔が脳裏に浮かぶ。 けどあの女は今頃、仕事で海外出張中のはずだ。 ここへ来られるとも思えない。 すると考えられるのは……。 そこで俺はあることを思い出し、冷や汗が出た。 「月形、あのさ……」 「どうしたの? 泉くん……」 もう一度インターフォンが鳴り、こちらに向かって尻を持ち上げていた月形が、シーツの上に腰を落とした。 「……お客さん?」 月形の不安そうな瞳が、上目遣いに俺を見てくる。 できれば無視するか、追い返してほしい。こいつの顔にはそう書いてあった。 だが残念ながら、俺にはそれができそうにない。 なぜなら、インターフォンを鳴らすその人物は、俺自身が約束していた相手に違いないからだ。 「こんばんはー! 間々田です。いらっしゃるんでしょう?」 間々田さんは俺の担当編集者なんだ。 2週間前に約束していたのを、俺がすっかり忘れていた。 「はい、今……!」 外からの呼びかけに反射的に返事をしてから、俺は月形にパチンと手を合わせる。 「悪い! 先約があるのを忘れてた」 「うそ……」 月形が失望のため息をつく。 さっきまでの部屋の熱気が、嘘のように一瞬で冷め切ってしまった。 俺は絶望しながら玄関に向かうことにする。 俺だって、こういう展開も予想してたんだ……! それなのに、すっかり我を忘れていた。 そのせいでこんな醜態を晒すことになるなんて……。 後ろから来る月形の視線が背中に刺さる。 (これでこいつに嫌われたり、冷められたりしたら泣く……) すでに心で泣きながら、俺は玄関のドアを開けた。 * それから数分後――。 「そうか、君が月形くんか!」 「こんなところで編集さんにお会いできるなんて、感激です!」 間々田さんと月形が笑顔で握手を交わす。 月形は間々田さんのところの雑誌の読者であり、過去に何度か投稿もしていたようで。 コーヒーを入れる俺をよそに、2人はすっかり打ち解けてしまっていた。 俺は3人分のコーヒーを、2人のいるリビングのローテーブルに運ぶ。 「コーヒーどうぞ。ああ、月形もな」 「ありがとう。……それでですね、間々田さん」 月形は一瞬だけこちらに笑顔を見せたものの、その笑顔を間々田さんの方へ戻してしまった。 文芸ファンのこいつのことだから、編集者に聞きたい話は山ほどあるだろう。 けど、A判定のおねだりをしていた月形はどこ行ったんだ。 俺としては、恋人の興味が他の男に移ってしまったようでもどかしい。 なんともいえない思いで月形の隣に座ると、間々田さんが切りだした。 「初稿、拝読しました」 その話に、俺は反射的に背筋を伸ばす。 俺は二週間前、ようやく書き上げた長編の初稿を間々田さんに送っていて。 今日はその話をするために、彼はここへ来たんだった。

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