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第39話

「それでは、1時間ほどお時間をいただきますね」 間々田さんが横に置いていた書類ケースを開け、分厚い紙束を取り出した。 「気になる部分にメモをしてきました。大枠は問題ないと思いますので、細かな部分を詰めていきましょう」 プリントアウトした原稿の1部が、こちらを向けてテーブルに置かれる。 俺は緊張しながら、それを自分の方に引き寄せた。 それからは朱書き入りの原稿に沿って、問題点、修正点を確認していく作業になる。 「えーとそれから、次のページのここなんですが……」 「ここはそういうことじゃなくて……ちょっと分かりにくかったですね。書き方を変えてみます」 意味の取りにくかったところ、描写不足のところを中心に、間々田さんは丁寧に指摘してくれる。 月形はそれを、ずっとそばで聞いていた。 途中でコーヒーを入れ直してくれたり、時には語句の解釈についての意見を言ってくれたり。 自分で引き留めておいて今さらだけれども、月形がいてくれてよかった。 「……と、こんなところですね」 「ありがとうございます」 厚みのある紙束の最後の1枚までを確認し終え、俺はホッと息をつく。 そんな時、間々田さんがふいに笑って言ってきた。 「今度こそ獲れるかもしれませんね、芥川賞!」 「え……?」 俺と月形の、聞き返す声が重なった。 そんな俺たちを見て、間々田さんが驚いたような顔をする。 「そういうつもりで書かれたんじゃないんですか?」 「いや、俺は……」 本当に、そんなことはみじんも思っていなかった。 ただ、月形に見せて恥ずかしくないものを書こうって気持ちだけで。 カップを下げるために立っていた月形が、ソファの後ろから俺の肩に手を置いた。 「獲ろうよ芥川賞! これ、直したらもっともっとよくなるよ!」 「読んでないのに、分かんねえだろ」 月形は隣から話題になっている部分を拾い読みしていただけで、ストーリーが分かっているとは思えない。 それなのにこいつは、自信たっぷりに言った。 「読まなくたって分かるよ、泉くんの書くものは面白い! きっと1番になれる!」 「そんな、1番って運動会じゃないんだから……」 俺は呆れながらも、月形の信頼をひしひしと感じ、素直に嬉しかった。 (そうだな、こいつが言うなら大丈夫だ。この作品はきっと輝ける) それからこの先のスケジュールを確認し、間々田さんは俺のマンションを後にした。

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