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第40話

「いーずーみーくん」 見送りを終え、玄関のドアが閉まったところで、月形が横から腕を絡めてくる。 「本が出るの、楽しみだね!」 「んっ」 ニコニコと笑った顔が近づいてきて、頬にやわらかいものがぶつかった。 真面目な話をしたあとで、急にこういうのは気恥ずかしい。 っていうかその前は、俺たちもっとすごいことしてたんだっけ? 1時間前までのベッドでの触れ合いを思い出し、思わず月形の腰に腕が回った。 ここへ誰も来なければ、俺は今頃この腰の内側に思いの丈をぶつけていたことだろう。 ぞくぞくとした興奮が、背筋を駆けあがった。 (いま何時だ? まだ時間あるよな?) 腰を抱いているだけなのに、心臓の鼓動が速くなる。 (なんなら泊まっていけばいいのに……) そんなことを考えながら、俺は月形の唇にキスを返した。 「んっ、泉くん……」 やわらかい唇と、触れ合う腹の感触が、俺の意識を急速にベッドへ向かわせる。 でもまだだ。 内側の濡れた感触を味わおうと、俺はこいつの唇の隙間に舌をねじ込んだ。 「ん、ふ……」 さっき飲んだコーヒーの味、それから甘い唾液の味を舌先に感じる。 俺の二の腕をつかんでいた、月形の両手に力がこもった。 それでもしばらく口内を味わってから唇を離すと、月形ははふはふと息をする。 「……はあ」 「悪い、なんかとまんねえ」 「泉くん、あのね……」 「こんなところじゃなくて、ベッド行こう」 言葉が空中でぶつかって、ハッと視線が絡み合う。 それから俺は、こいつが困ったような顔をしていることに気づいた。 「……なに?」 やり過ぎて引かれたんじゃないかと不安になる。 けれども月形はもう一度、俺の唇の先に触れるだけのキスをした。 「やっぱり今度にしよう?」 「え……?」 「原稿、頑張ってよ。どうせなら僕は、芥川賞作家の泉くんに抱かれたい」 突然の言葉に、すぐには思考が追いつかなかった。 少し遅れて、俺はこいつに拒否されたんだという事実を理解する。 (なん……で……) 上目遣いに見つめてくる屈託のない笑顔からは、俺への好意しか読み取れなかった。 (セックスに溺れるより、原稿しろってことなのか) 正直、俺たちはそういう年頃だ。 1回やれば、絶対ハマる。 「でも……それじゃ、いつになるのか」 絶望に打ちひしがれる俺に、月形は笑って教えた。 「7月でしょ、去年と同じなら」 「いや、今年の7月には間に合わわねえし、その先のことだって……」 言いたくないけど、一生獲れない可能性だってある。 むしろその可能性の方が普通に考えれば高いんだ。 月形だってそれは分かっているだろうに……。 だが、その笑顔を見るに、今の俺にこいつの華奢な体を抱く権利はないらしい。 いや、部長の処女を奪う権利というべきか……。 求:部員 出:部長の処女     文芸部 あのビラの鮮烈なイメージは、まだ脳裏に貼り付いたままだった。 「くっそ、月形……お前ってやつは……」 玄関の壁に腕を突き、俺は唇を噛む。 「なに?」 「なに、じゃない。なんで無自覚みたいな顔してるんだ……」 本当に無自覚なのかもしれないが。 俺はこいつに惹かれ、こいつの魅力に振り回され続けている。 それはこれからも続くらしい。 これが恋ってものなんだろうか。 だとしたら、なんと残酷な……。 「月形……俺が芥川賞獲ったら、死ぬほど泣かせてやるから。ほんと覚悟しとけよ!?」 「分かった、楽しみにしてる!」 眼鏡の部長が微笑む。 俺は今度こそこいつの処女を奪うために、本気で動き始めた――。

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