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理由①
アクトのお陰で、俺は間もなく鉄格子の部屋から出ることができた。
とは言え、1人でまともに歩くことすらできず、レイダという牛の獣人に抱きかかえられて、自分の部屋に戻って来たのだった。
途中あちこちの部屋から、蔑むようなそれでいて憐れむような視線が浴びせられた。
ここで働く俺みたいな男娼…人間のΩ達…
レイダに「ありがとう」と告げると、黙って頷いて出て行った。
彼は獣人のβ。
小さい頃から口がきけず、この楼閣で世話になっているんだそう。
突然ドアが開いて、驚く間もなく怒鳴られた。
「この馬鹿っ!何勝手なことしでかしたんだ!
お前のせいで、みんなが迷惑してんだぞ!
…締め付けは厳しくなるわ、外出は禁止になるわ…
お前、自分がやったこと分かってんのか!?」
美しい顔を歪めて俺を罵倒するのは、No.2の稼ぎ頭の美鶴 。
「…ごめんなさい…」
横たわったまま謝る俺に、美鶴はなおも責め立ててくる。
もっともな事だと、反論する気もなく黙って聞いていると
「邪魔するよ。」
ふわりとしなやかな所作で入って来たのは、“華花魁 ”の千尋さん!
こんな所に来るような人じゃない、俺達の頂点に君臨する男 。
美鶴は咄嗟に場所を空け、片膝を立て服従の意を示している。
無理に起き上がろうとする俺を制した花魁は、慌てる美鶴を見て
「もう、いいだろ。コイツは十分罰を受けてる。
何人相手にしたんだ?」
「…4人です…」
「そうか。それは難儀だったな。
捕まれば自分だけでなく他人 にも迷惑を掛ける事を知りながら、何故逃げた?
何処にも行く所はないだろうに。」
「…約束を…約束を守るために…」
「約束?」
「はい。俺の故郷は桜の名所で。
桜が満開の頃に会おうと約束した人がいるんです!…だからどうしても約束を果たしに…」
「恋人か?」
「…いいえ。違います。
でも、とても優しくて、懐かしい匂いがして。
だから、だから…」
そこまで言うと涙で続かなくなった。
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