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理由②
花魁は、ため息混じりに
「俺達はここの男娼だ。
どんな理由があろうと、脱走してもいい理由なんてないんだ。
出て行きたければ…年季まで勤め上げるか、身請けされるか…屍となって弔われるためか…
そのどれかしかないんだよ。
で?その“恋人じゃない”そのお人は?
名前や仕事先は分かってるのか?」
俺は黙って首を横に振った。
「何処の誰かも分からない…それじゃあ仕方ないじゃないか。
例えお前がその場所に行っても、相手が来るとは限らないし。
お前は借金のカタにここに売られたんだ。
ここでしっかりと生きていくしかないんだよ。
探すのは…ここから出た時しか叶わない。
俺は希望を持てとか夢を見ろなんて言わない。
現実をしっかり見ろ。
自分の立場、状況。
歯を食いしばって生きて行かなくちゃならないんだ。
瑠夏。
しっかり生きろ。自分のために。
美鶴も。いいな?」
そう言い残し、入って来た時と同じ様に、ふわりと出て行った。
あとには甘くて涼やかな香りだけが残った。
ゆっくりと立ち上がった美鶴が言った。
「…言い過ぎて悪かったな。
でも、二度とみんなに迷惑を掛ける様な真似はするな。」
俺の答えも聞かずに彼もまた部屋を出て行き、俺はひとり取り残された。
猛烈な虚無感に襲われる。
ここを出ていく事は叶わない。
二度と…あのひとにも会うことは出来ない。
桜が咲き誇るあの場所で、偶然に出会った獅子の獣人。心も身体も全て食い尽くされそうな圧倒的なオーラに、すぐ極上のαだと分かった。
驚いて転んだ俺に手を差し伸べ、抱き上げてくれた。
一目見た時から心を奪われ、甘くて芳しくて懐かしい匂いに酔いしれた。
『この花が満開に咲く頃、また会おう』
優しく微笑んだあの顔。覚えてる。ちゃんと。
さっき花魁に言われた。
『現実をしっかり見ろ』と。
現実…俺は男娼。忌み嫌われる人間のΩ。
借金のカタに親に売られ、帰るあてもない。
ただ、滂沱と流れる涙を拭き取りもせず、目を閉じた。
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