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苦悩②
やっと今日の仕事を終えた。
イリアスに労いの言葉を掛け、先に自分の部屋へと戻る。
瑠夏はどうしているのだろうか。
傷は痛んでいやしないのだろうか。
自然と足がアクトの元へ向かった。
「…アクト…今、いいか?」
「あぁ、楼主。どうぞ。」
早速お茶を勧めてくれるアクトに礼を言い、単刀直入に尋ねた。
「あの子は…瑠夏はどうしてる。」
「さっき医者に診てもらいましたがね。
傷も4、5日で癒えるという事でした。
内臓は大丈夫だったようです。
…そんなに気になさるなら、複数での責め苦はお止めになれば良かったのに。」
「…見せしめだ。1人許すと次々と脱走者が現れる。歯止めが効かなくなるからな、罰は必要だ。」
「ここが嫌で逃げた訳ではなかったようです。
身を売るのはここに来た時から覚悟してましたから。」
「どういう事だ?」
「あの子なりの『約束』があったそうです。
それを守るために脱走を。」
「約束?」
「ええ。恋人でもない、たった一度だけ会っただけの獣人に『桜が満開に咲く頃に会おう』と言われ、名前も素性も知らぬその人に会うためだけに逃げた、と言ったそうです。
聞いたのは千尋ですから、直接お聞きになりたければ彼にどうぞ。」
「…いや、いい…世話を掛けた。すまなかったな、ありがとう。」
席を立った俺に、アクトは
「楼主は優し過ぎますな。
あの子の事はお気になさらず。
二度とこんな真似はしないと約束しましたから。」
もう一度“ありがとう”と礼を言いアクトの部屋を出た。
頭がぐるぐる回っている。
約束…桜が満開に咲く頃に…その約束を守るためだけに禁忌を犯して逃げた…捕まればどんな罰を受けるか分かっているのに。
実際、逃げ切れずに捕まって、傷を負う程の責め苦を追った。
壁を伝うようにして部屋に戻ると、面を外して投げ捨てた。
あの子は…あの子は俺との約束を覚えていて、それを守ろうとしたんだ。
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