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運命①
1年前、見事に咲き誇る桜があると聞いて、誰にも告げずに1人でこっそりと出掛けた。
誰かを誘って行く選択は鼻からなく、ただ静かに眺めたかったのだ。
いくら人間のΩとはいえ、金のためにこんな行為をさせていいのか。
自分の手元には、嫌になる程ザクザクと儲けが入ってくる。
裕福になるのと反比例するかのように、心がどんどん荒んでいった。
自分の仕事、環境、全てに行き詰まって、このままでいいのか、どうすればいいのか迷っていた。
親子連れや恋人同士、歓声を上げながら人々が通り行く。
その中を1人でゆっくりと何も考えずに歩き、その美しさに酔っていた。
とすん
何かが自分に打つかってきた。
一瞬、自分に悪意を持つ者に刺されたかと思ったが、そうではなかった。
「痛たたっ…ごめんなさいっ!
余所見しちゃってて…お怪我はありませんか?」
声をした方を見下ろすと、黒髪の小さな少年が足元に転がっていた。
「こちらこそすまない。大丈夫か?」
その手を取り、抱き上げて起こしてやった。
その顔を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたように高揚した。
「痛っ…」
「…足を捻ったのか…俺も桜に見惚れてぼんやりしていた。すまない。
家まで送ろう。何処だ?」
「そんな!近いのでゆっくり帰るから大丈夫です。
それに…獣人様にそんな事させられない。」
最後は小さな声で呟いた彼を横抱きにすると歩き出した。
「あちらから来たのなら、この方向で良いのだな?」
戸惑いが「えっ!?あのっ!?」という問い掛けにしかならず
「…すみません…」
と言ったきり、彼は黙ってしまった。
この上なく好ましい香りがしてくる。
今まで嗅いだ事のない、芳しくて懐かしくて、愛おしくて…身体の芯が痺れてくるような匂い。
これは何だ?この人間は誰だ?
生まれてこのかた、こんな感情に襲われた事はない。
ちらちらと何か探るような視線を周囲から感じたが無視して、小さな身体の温もりを心地良く感じながら、俺も彼も黙ったままで、満開の桜の下をただ歩いた。
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