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約束②
side:瑠夏
ダメだった。失敗した。
逃げ切れなかった。
あの場所へ、あそこへ行けさえすれば良かっただけなのに。
もう、もう二度と行くことが出来ない。
後から後から涙が頬を伝う。
会いたかった、あの方に。
人間の、それもΩの俺を躊躇いもなく優しく抱き上げ、運んでくれたひと。
言葉など交わさなかったけれど、この上ない幸せな気持ちに包まれた。
生まれて初めて、あんな優しい気持ちになれた。
『幸せ』ってこんな気持ちなんだ…って思えたんだ。
あれは…俺にとっての初めての恋。
憧れと切なさと、甘酸っぱい思い出。
あの時の獣人様への思いは、初恋。
淡くて優しい夢物語。
一目でいいから、もう一度お会いしたかった…
不思議なことに
…楼主様も、あの方と同じ匂いがした。
胸板の厚さも、腕の筋肉も、あの方とそっくりだった。
面越しではあったけれど、言葉のトーンも喋り方も、よく似ていた。
訓練で、初めて身体を開かれた時も…嫌ではなかった。
嫌、と言うよりも、嬉しかった。
俺の初めてが、楼主様で良かったと思った。
最初は、あの獣人様と楼主様を重ねていた。
そのうち…本気で楼主様を好きになっていった。
だから…訓練最後の夜、抱いてもらえなくて、悲しくて…はしたなくも俺から抱いてもらった。
この温もりを覚えている限り、男娼として生きていけると思ったから。
楼主様は、その願いを叶えてくれた。
その温もりのお陰で、今までここで頑張ってこれた。
桜が咲く季節になり、満開に近づいていくにつれ、落ち着かなくなってきた。
あの方が待っていたらどうしよう。
待ちくたびれて、俺の家に行くような事があれば、理由を根掘り葉掘り聞いて、両親が金の無心をするに決まっている。
あの優しいひとをそんな目に遭わせる訳にはいかない。
金のために平気で俺を売るような人間だ。どんなイチャモンを付けてくるか分からない。
それだけは、それだけは避けなければ。
それなのに
あのお方にも会えない。
楼主様にも嫌われた。
俺は、俺はこの先何を求めて生きていけば良いのだろう。
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