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第3話

 棺桶型のカプセルの中には、二十歳程の青年が全裸で横たわっていた。その姿はどこがロボットなんだと疑う程に人間そのもので、髪や肌の感じ、肋骨の浮き具合、どこを取っても人間に見える。そんなのが生命の無い硬質さで眠っているのだから、これを死体と思わずに何と思えばいいのだろう。  もしかしたらこの会社は、何らかのトラブルで殺してしまった死体の処理をバイトにやらせる気なのかも知れない。日給一万円で死体解体作業じゃ破格値過ぎるだろ。 「あの……まさか仕事内容は死体処理ですか?」 「死体?いえ、あれがアンドロイドですよ。患者が安心して介護を受けるためには、より人に近い姿が望ましいのです。人体の骨の数から筋肉、肌質感まで精密に再現しました」 「火葬場に持って行って、内緒で誰かの棺桶に突っ込めばいいと思います」 「まぁ、見ていて下さい」  爺さんがマイクに向かって蓋を開けるように言うと、向こう側の部屋に白衣の研究者らしき男が現れて、何か操作したらしくカプセルの蓋がゆっくり上に開いて行く。  だけどこうしちゃ居られない。悪魔の所業としか言えないこんな事を会社ぐるみでやるなんて、狂っている。早く逃げないとエライ事になる。 「実はこの一号、特別注文を受けて製作したので、介護とは別の機能が設定されています。そっちのプログラムも実習させて欲しいところですが……」  どうやって逃げようか考えていると、カプセルの死体がむくっと上半身を起き上がらせた。 「ええええぇぇぇぇぇぇ!」  俺はガラスに両手を着いてぴったり貼り付いた。もう額までくっつけて覗き込んだ視線の先で、死体がこちらを見る。そうして側に居る研究員に何か耳打ちされて、俺に向かってにっこりと微笑んだ。  それはそれは綺麗な、パッと花が咲いたような笑顔で。 「と、まぁこんな訳です」 「じゃあ、本当に?」 「あなたの仕事は一号に実生活を体験をさせることです。今日から一緒に暮らして下さい。基本的な事は基礎データとしてインプットされていますので、心配はいりません。どうか優しい子にしてやって下さい」  なんて事だ。テレビで見るような機械むき出しのゴツい人型ロボットじゃなくて、人間その物のアンドロイドは実在した。これは間違い無く人類最先端の科学技術で、俺はこれからその一端を担う。  やがて研究員に連れられて、アンドロイドがこちらの部屋にやって来た。いかにも間に合わせのジャージを着せられていたけれど、その姿はガラス越しに見たまんまの美貌で、それにしても美しい。恥ずかしくて美形を正面から見られない病が発症する程に美しい。 「博士、この人が僕の、マスター、ですか」  ほっそりとした身体つきは首が長くてスタイルがいいし、優しそうな大きな目が印象的で、ぽっちゃり唇は舐めてみたくなる程にツヤツヤ。介護用ロボットがこんなに美人じゃ、美形を見られない病の人には問題あるんじゃないだろうか。  爺さんの趣味なのかと車椅子をチラリと見ると、爺さんは満足そうに俺とアンドロイドを見比べている。  爺さんからの返事を待たずにアンドロイドは勝手に納得して、スリッパの足で俺に向かってペタペタと歩いて来た。 「マスター、よろしく、お願い、いたします」 「え、あぁ……えーと」  困る。  人懐こい目でにっこり微笑まれて、顔が勝手に熱くなる。 「では、月に一度メンテナンスが必要ですのでここに来て下さい。それからもう一つの機能ですが、可能ならそちらも学習を」 「もう一つの機能?」 「特注機能の方です。まぁ追い追い。では、よろしくお願いします」  たったこれだけで、人類最先端の科学技術は呆気なく俺に引き渡された。

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