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第5話

 それはさて置き、イチは実生活を体験しないといけない。手始めに入浴を提案してみると、イチはすくっと立ち上がって部屋の中をうろうろし始めた。何をしているのか黙って見ている俺の前で、あっちのドアを開け、こっちのドアを開けして、やがて探し当ててた浴室で湯船に湯を張っている。  なるほど、さすが介護も出来るエロ人形、入浴準備の仕方はインプットされているらしい。 「マスター、準備できた」  呼ばれて脱衣所に行った俺を、笑顔のイチがタオル片手に出迎えてくれる。 「ありがとう。もういいよ」 「介助してやるよ」 「は?俺は別にそんなの必要無いし」  いくら男性体のアンドロイドでも、こんな美人の前で脱ぐのは恥ずかしい。顔を見るのも憚られるのに、いきなり裸のお付き合いは勘弁して欲しい。  なのにイチはこっちの気も知らないでさっさとジャージを脱ぎ始める。 「あー、ちょっと待って、ちょっと」  研究所で見た時は死体のように機能を停止していた身体が、命を宿して動く姿は強烈だ。蛍光灯の光に白く輝く肌は艶めかしくて、一気に股間を直撃する。その腰つき、背中のライン、胸の淡い色の乳首なんか目の毒。 「マスターも早く。脱げないなら脱がしてやろうか」 「いやっ、いやっ、いやっ」  真っ赤になりながら全力で拒否する俺を意に介さずに、イチは最後の砦のパンツまてポーンと勢い良く脱ぎ捨てた。  ……そうですか。  何だろう、ガッカリだ。  堂々とフルチンを晒しながら浴室に入って行く姿に、色気の欠片も無くて物凄くガッカリだ。俺ですらタオルで前を隠しているのに、何故そこを学習しない。  あぁ……。  ほかほか湯気の上がる浴室でにこにこ笑顔は、清く正しい入浴。そこはちょっと恥ずかしそうにしてくれると違うのになぁ。羞恥心の欠片も持ち合わせていないんじゃ、夢と希望が去って行く。 「マスター、来れないなら抱えてやるけど」 「いや、いいよ」 「じゃあさっさと入れよ」  しかもこの口の悪さ。綺麗な顔に不似合いな言葉使いが心臓に悪い。 「お湯の温度確認。四十度」  手を湯船に突っ込んで言い、次にシャワーの温度も確認している。狭い浴室でプリプリ白いお尻を俺に向けて堂々と突き出して、真面目に萎える。 「放水」  そう言うと同時に、突然頭からシャワーを浴びせかけられた。 「わっ、ちょっと、やめろって!」 「次、シャンプー開始」  今度はいきなり頭をごしごし擦られる。 「痛い、痛い、毛が抜ける!」 「放水」  放水ってそれ、消防士が火事場でかける言葉じゃねーかよ!なんて乱暴なんだ。 「トリートメント、用意無し。買え。次、体の洗浄」 「いやーっ」  皮が剥けるんじゃないかと思うほど強く擦られて、俺は悲鳴を上げた。 「ちょっと待てーっ!そこに座りなさい、ちょっとそこに座りなさい。仮にも介護ロボが力加減を知らないとか、問題あるだろう」  そこに、と洗い場の椅子を座したら命令と受け取ったのか、イチは大人しく椅子に座った。 「力いっぱい擦ったら痛いから、優しく洗ってやるの」  俺はスポンジを泡立て、滑らかなイチの肌を洗ってあげる。 「力加減はこんな感じて、弱すぎず強すぎず」 「……気持ちいい。お前上手いな」 「は?」  気付けば正面の鏡に、椅子に座っているイチにかしづくようにして体を洗っている俺の姿が映っていた。これじゃあまるで王子と召使い。 「力加減を覚えろバカ野郎」 「うるせぇバカ野郎」  憎たらしい。こいつの口の悪さは真面目に憎たらしい。 「感覚はあるの?」  相手にしているとブチ切れそうだから、気を取り直して研究対象として見る事にした。 「有る。僕はラブドールだから、皮膚の内側に無数の感覚伝達機能が張り巡らされてる」  イチの指先には桜貝のような薄い爪がちゃんと生えていた。そこから腕を辿ると無駄毛は無い。スポンジを肩まで移動させて脇を見れば脇毛は無いので、どうやら汗腺は無いらしい。 「マスター?」 「うん。ちょっとよく見せて」  どこまで人間そっくりなのか興味が出て来て、スポンジを置いて手で直接肌を撫でてみた。泡の着いた掌で腹部のなだらかな膨らみを撫でた感じは柔らかく滑らかで、人間と同じ。そこから肋骨のラインを辿って骨の隙間に指を添わせる。ここまで肌質感と弾力を再現した素材は人体移植用のシリコンだろうか。乳首の白い泡を指で拭うとピンクの乳輪が少しへこんでいて、指先で軽く押したら乳首が尖って来た。 「マスター」 「ごめん、つい。良くできてるから。どんな感じがする?」 「うーん。カチカチする」  カチカチとは変な表現だけど、重要なのは感覚が有るという事で、本当に人間そっくりだ。 「……セックス機能も有るって聞いたけど」 「有るよ。する方もされる方も、どっちも出来るはず」  そうすると注文者はババァじゃなくてジジィの可能性も有る。どっちにしろ言われたまんま作るなんて、あの爺さんもエゲツない事をする。 「見せて、とか言ったら怒る?」  羞恥心の欠片も無いので頷くかと思ったのに、イチは途端に足をぴったり閉じて俺に背中を向けた。 「それはダメ、恥ずかしい。お股は恥ずかしいって知ってる」  お股……言葉を変えると秘密の場所。見たい。だけど肩越しにちらりと俺を伺うイチの恥ずかしそうな仕草や表情が一気に艶めいて、やばい。色気を振りまかれるより、あけすけなお子様の方がマシだ。じゃないと俺が恥ずかしい事になる。 「あっ、ごめん。うっかり、えーと……研究だよ、どうなってるのかと思って研究のために見たかっただけで、他意は無いからっ」  あたふた言い訳する自分が、何を焦っているんだろうと間抜けに思えた。

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