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第10話
「料理作る」
出ない言葉を自分の中に探すのを諦めたのか、イチは突然に言い出した。
「彩我にご飯作ってやりたい。料理の本を読んで来たから任せろ」
それは素晴らしい。
心配させたお詫びが料理なんて、無茶苦茶可愛い。なんか俺、幸せかも。
しかし数分後、居間のテーブルの上にどかっと置かれたどんぶりに、俺は固唾を飲んだ。
「これ……なに?」
ラーメン屋で貰ったラーメンのどんぶりの中が、緑色のドロドロした液体で満たされている。
「ほうれん草のポタージュ、栄養ドリンク和え」
「は?」
ほうれん草のポタージュはいい。青虫じゃないからポタージュにしてまでほうれん草に浸かりたいとは思わないけれど、何を和えたって?そもそもポタージュに得体の知れない何かを突っ込んだのを和えたって言うのか?
「ほうれん草のポタージュ栄養ドリンクオリジナル和え」
オリジナルと言う言葉を付け足して、イチは言い直した。俺は悲しい気持ちでラーメンどんぶりの緑色の液体を見つめる。
湯気でほかほかと立ち上るのは青臭さの中に刺激臭を含んだなんとも言えない匂いで、一口飲んだら終わる気がする。
そうかぁ……高度な学習能力がオリジナル性を追求しちゃったのか……。
「お前っ、バカだろ!料理の出来ない奴がオリジナル追求すんなよ、そこが失敗の入り口と決まってんだよ」
「まだ食ってねぇのに失敗と決めつけんなよ。足りない栄養をドリンクが補って完璧だ」
「味を考えろ」
「知るかそんなもん。食った事ねぇのに」
あああぁぁぁぁ、そうだった。こいつ自分は食べる必要無いから、美味いも不味いも分からないのか。爺さん、失敗だよ、次のアンドロイドには味覚機能も付けるべきだよ。
「よし分かった、今のは俺が悪かった。一緒に食べよう」
ほらと、台所からもう一つどんぶりを持って来てイチに分けてあげる。
こうなりゃ少しでも分量を減らすしかない。
「え、僕はいいよ。彩我食べろよ」
「いやいや、一緒に食べると美味しくなるんだよ。気分の問題だからイチには必要な学習だよ」
「学習?そうか、分かった」
自分の前に置かれたどんぶりの匂いをふんふん嗅いで、眉をひそめている。
「なんか臭い」
「もっと早く気付こうな」
「二人で食べると気分でクリア出来るのかな、この匂い」
「料理は愛情、食うのは根性。俺は行く、お前も着いて来い」
そうして一気に流し込む。飲み切るんだと心に決めて、自分との勝負に勝った時には気持ちが悪くなった。
「おえぇぇ……」
「彩我、美味しい?」
不安そうな面持ちで聞いて来るイチの前には、まだ手付かずのどんぶり。その大きな瞳が期待しながら浮かべる神妙な表情に、俺は思わず美味しいよと言ってしまった。
「本当に?」
「うん。心がこもって居て美味しかった」
「良かった!僕に心なんか無いけどなっ」
ドンっと、機械の詰まった自分の胸を叩くイチに、そうだったと俺は手で口元を押さえた。
そこはもうちょっと早く言って欲しかった。
誰だよ、こいつをこんなに人間そっくりに造った奴は。勘違いするじゃないかよ。
だけど進歩した事に鼻高々で、褒めれば得意げになって、美味しいと言えば嬉しそうに笑うイチに、本当に心は無いのだろうか。
「一ヶ月点検に行けばバイト代入るから、週末買い物に行こうか。イチの服」
空になったどんぶりの中に箸を投げ入れながら言うと、イチがパッと表情を輝かせる。
「彩我が選んでくれんの?絶対行く。やった、どんなの選んでくれんだろ」
満開の笑顔のまま自分の作ったポタージュを飲んで、ムウっと顔をしかめて、それから恐々と俺を伺う。
「彩我これ、美味しいってこういう味?」
「んー……はっきり言えば、味としては失敗かなぁ。けど次から頑張ればいいんじゃないかな、もう食べちゃったし」
今度はしおらしく肩を落としたイチに、思わず笑いが漏れる。
本当に、表情がくるくると良く変わる。
子育てについて考えていたけど、素直に育っているイチはとてもいいと思う。ちょっとアホなのは愛嬌として、俺は自分の育成しているイチをどこにでも堂々と出せる。俺のイチは可愛い。とても可愛い。俺の宝だ。
「なんで彩我笑ってんの?」
落ち込んだと思ったらもう別の事に疑問を持って、イチは素直だ。
「笑って無いよ」
「顔が笑ってるし」
「こういう顔なんだよ」
「んー、残念、彩我はそうかも」
「生意気」
手を伸ばして頭を叩くと嘘だよとイチが笑うから、俺は楽しくてしょうがない。素直なイチと一緒に居るとこっちまで心が綺麗になれる気がしてとても楽しい。
心なんか無い。イチはそう言うけど、アンドロイドに心は本当に無いのだろうか。
「彩我がマクターで良かった。彩我と居ると毎日楽しい」
笑顔で言うイチに俺もと頷きながら、アンドロイドの心の行方を考える。
文句を言い合いながらも二人で居ると楽しくて、同じ事を言うイチの心は、確かにここに有ると思えた。
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