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第11話

 その週末は、イチのメンテナンスを受けに研究所に来ていた。機械である以上メンテナンスは欠かせなくて、機械である事を思い知らされる。  機械に感情はあるのか。  ずっと俺が考えていた事で、使う側の愛着が優しい言葉で盆栽を育てるように機械も育つとというのが現実だ。  でも、この後は服を買いに行く約束をしていて、楽しい事の前に受けるメンテナンスを面倒くさいと隣で嫌そうに不貞腐れているイチの表情は、果たして本当に愛着が感じさせるものなのだろうか? 「じゃあちょっと行ってくる」  研究所の長い廊下をイチだけが案内されて、遠ざかりながら俺にバイバイと軽く手を振りながら歩いて行く。 「上手く行っていますか」  廊下に取り残された俺に声をかけて来たのは電動車椅子の爺さんで、爺さん爺さんと気安く呼んではいけない。博士だ、博士。 「ええ。今日はこれからイチの服を見に行こうと思ってます」 「ほぅ、一号に名前をつけましたか」  そんなに驚かれる事じゃないけど、創造主としてはイチの表情や感情をどう思っているのだろう。全てプログラムされた学習機能の成せる技で、想定通りと考えるのだろうか。 「あの、イチは何をするんですか」 「破損やエラーが無いか調べます。君は電子工学部の学生でしたね。興味が有るならどうぞ」  爺さんの電動車椅子に先導されたのはイチと初めて会った部屋で、これぞ研究所の中枢とも思える程の様々な設備が有る。けれど、見る物全て興味津々なその部屋のガラス張りの壁を見た瞬間、ギクリとした。  ガラスの向こうには手術台のような物が有って、その上に全裸のイチが寝かされていた。 「なんで裸なんですか」  車椅子の爺さんを見下ろせば、何を聞かれたのか分からないと言う顔で俺を見上げて来る。 「現在一号は全機能をシャットダウンして、深い眠りに落ちているような状態です」  そういう事じゃない。 「だからって、あいつにだって羞恥心も尊厳も、人権だってあるでしょう」  腹が立つ。もしもイチが生きている人間だったら同じ事をするのか。全裸にして周囲を数人で囲んで身体の隅々まで調べるのか。俺が大事にしている者を実験体のように扱われたく無い。 「人権、ですか」  初めて思い当たったかのように、爺さんは濁った瞳で俺を見上げていた。  つまりそういう事だ。  作った本人が、機械は機械と割り切っている。 「せめてタオルを。俺が許さない」  マイクを通して中の作業員に指示が伝えられ、眠ったままのイチに術衣のような簡単な服が着せられた。  不機嫌に黙り込んだ俺の様子を爺さんが横目で伺っていて、目尻に深いシワを刻む眼差しがとムキになる俺を観察している。 「一号は幸せだ。見たところ破損も無いし、とても大事にされてる」 「手塩にかけてますから。自分のバイト成績上げたくて言ってる訳じゃ無いです」 「でしょうね、貴方は嘘が吐けない方だ。ぜひ見せたい物が有ります。こちらへ」  着いて来るよう促されて向かったのは隣の部屋で、ドアを開けるとやはり手術台のような簡易ベッドに首の無い女性の体だけが横たわっていた。 「アンドロイド?」  ベットの上には身を隠すシーツ一枚無く、全裸だ。しかし首無しボディとなると研究所なのだからアンドロイドに決まっている。  そのボディ全体に無数の切り傷が有って、剥けた皮膚から中の機械が露出して見えていた。特に性器と乳房の破損が酷くて、人の姿をしていると惨殺死体のようで惨すぎる。 「これは二号のボディです。彼女は職員に学習機能の体験実習を任せていましたが、この通りだ」  車椅子でベッドに近付いた爺さんは、大きく首を横に振った。 「頭部に人口知能が搭載されているので、そちらはリセットしてやり直します。しかし一度記憶されたデータは消しても消しきれる物では無いので、二号の中には酷い虐待を受けた記憶が残るでしょう」 「そんな……」  こんな酷い事が出来るのだろうか。  いくらアンドロイドとはいえ、人と同じ外見で喋り、笑うのに。 「相手を弱者と見れば攻撃する、時にそれは範囲を逸脱して狂う事もある。任せたのは信頼していた職員にでしたが、これが人間なんです。こんな事態を避けるために自分でアンドロイドに実習をさせようにも、もう年を取り過ぎて身体も動かない。そこで、いずれ一号の育成が終わった後で、あなたにこの二号をお願いできませんか?」 「え?」  イチの育成が終わった時。  そうだ、どうして忘れていたんだろう。バイトには必ず終わりが来る事を。

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