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第12話
その後、 応接室でしばらく待っているとイチが白衣の男に連れられてやって来た。俺を見てほっと笑みを浮かべながら、迷いなく隣に並ぶ。
「お疲れ。気分どう?」
「別に普通。寝てる間に終わった」
どんな扱いだったのか、イチは知らなくても俺は知ってる。
手を伸ばして乱れた前髪を指先で整えてやると、イチは撫でて欲しいのか甘えた仕草で伸ばした手に額を擦り寄せて来た。
「買い物は後にして、アパートに帰ろうか」
「やだ。彩我と買い物に行きたい」
楽しみを奪われるのを嫌がる子供のような口ぶりに、付き添って来ていた研究員が吹いた。振り返って彼を見たイチは少し首を傾げて、何で笑われたのか分からないらしい。
「何か変?」
「別に変じゃ無いよ。じゃあ買い物に行こう」
そんな俺たちのやりとりを爺さんが観察している。
俺の接し方でイチがどの様に育つか見定めるのか、それとも二号のためか。老人の目尻のシワは深くて、その感情は読み取れ無かった。
「問題無いならこれで。また来月に伺います」
もうさっさと帰りたい。イチだけでは無くて、まるで俺まで観察対象のようだ。
「良ければ一号に他の人とのコミュニケーションを取らせてやってくれませんか。君たちは二人だけの世界に閉じている」
そう言われても、すぐに返事が出来ない。
この先誰かの物になるためにイチを預かっていて、不都合の無いように体験を積ませるのが俺の仕事だ。だけど離れたく無い。いつの間にこんなに執着していたのだろう。
社会に出る事を想定すると、他者とのコミュニケーションは必要不可欠になる。失敗したらあの無惨な二号のような目に遭うかも知れない。そんな事は絶対に嫌だ。
どうすればいい。
「……分かりました。大学の友達しか当てが無いですけど」
どうしたらいいんだ。
「素晴らしいです。ぜひ貴方のお友達と仲良くさせてあげて下さい」
二号のような目にだけは遭わせたくない。それだけはさせられない。
イチは最先端アンドロイドで、買い取るにはきっと大金が要る。さらって逃げても機械である以上定期的なメンテナンスが必要で、研究所から切り離せない。
「イチ帰ろう」
今はまだ俺の手元に居るとイチの手をぎゅっと握り締めた。
自分の仕事内容を把握していたはずなのに、俺はどこで間違えたんだろう。誰にも渡したく無い。
「……彩我」
黙ったままつないだ手を離さない俺に、イチが不思議そうな顔をしていた。
「あ、ごめんね」
無理に微笑んで見せると余計に不安そうになる。
「博士に何か言われた?」
「なんでも無いよ。大事にしてくれてありがとうって言われただけ」
「そう?」
イチは可愛い。ちょっとアホだけど素直で、誰からも好かれるように俺が育てた。
どんなに愛しても必ず終わりが来る。
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