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第13話
それから約束通りやって来たのは大きなショッピングモールで、イチは人の多さと素敵な物が沢山並ぶショップの店頭ディスプレイに目を奪われている。
「凄い量の物と人だ」
大きな目をぱちくりさせているのが可愛い。
「どういう服がいいの?」
「全然分からない。彩我選んで」
お手上げと、肩をすくめて笑っている。
「イチなら何でも似合うと思うけどねぇ……」
夏だしコットンシャツとか着心地も良さそうだ。白を合わせてみたら爽やか好青年になって、黒にしたら一気に妖艶な色っぽさが出る。
どっちが好きと俺に聞いて来るから、二枚買う事にした。他にも数着選んで、あとは財布かなぁと呟く俺にイチは驚いた目を向けた。
「え、お財布も?」
「無いと困るだろ。買い物したり電車乗ったり」
「彩我と一緒に居るからいらない」
出かける時は一緒って意味だろうか。
いつも一緒に居たいって意味なら嬉しいけど、買い物を難しいと感じてしまったのなら心配だ。
一旦休憩をする事にして噴水の有る広場に引っ張って行くと、屋内に作られた人工の庭園にイチの表情がほっと緩んだ。
吹き抜けの天井から降り注ぐ太陽と、鉢植えの観葉植物でも安らぎは有る。ささやかな自然から癒しを受け取って、吹いてもいない風を感じようと伸ばしたイチの首筋のしなやかさに見惚れた。
「今度、海に行こうか」
「海?」
「気にいると思うよ。高原や遊園地もいいし、映画を見て水族館にも行って、初めての事を沢山しよう」
「どうかした?変なの」
沢山の経験を積ませて沢山の思い出を作りたい。俺がイチのためにしてやれる事は、結局それくらいだ。
変だよと不安そうに見つめて来る瞳を見返して、俺しか知らないから真っ直ぐ俺に向かっているイチをこのまま閉じ込めたい。
あぁ……爺さんに俺たちは二人の世界で閉じていると言われたのは、こういう意味か。
変えなければならない。
イチの世界を広げて、俺以外の人や環境に慣らして……。
全部イチのため。
「今度、買った服を着て俺の友達に会いに行こうか」
「やだ。僕は彩我だけ居ればいい」
俺たちは二人の世界に閉じている。
向こうのベンチで小さな子供が若い両親と買った物を広げている姿が見えて、嬉しそうに袋からおもちゃを取り出す子供を見つめた。誕生日か何かなのだろうか、両親も明るい笑顔で、その親子連れは三人の世界に居る。
噴水の近くには高校生らしい男女の二人連れが居て、そっちも二人の世界に浸っている。
何故俺たちは、それじゃダメなのだろう。
イチを誰にも渡したく無い。
「あれいいなぁ……」
ポツリと呟いたイチの声に視線を追うと、さっきの親子連れを見ていて、子供がおもちゃのお礼に両親の頬にキスをしていた。笑顔の洪水のような場面はキラキラと眩しい。
「幸せそうだね」
「うん。キスしたら幸せになれる?」
「ん?俺はイチと居て楽しいけど?」
「それは僕も同じ」
イチはふふーんと嬉しそうに笑った後で、視線はやっぱり家族連れの方に行く。何を考えているのだろう。小さな頭の中は俺には分からない。
あれいいなぁと言ったのはキスだったろうか。
「……キスしたいの?」
まさかなぁと思いつつも聞いてみると、イチはこっくり頷いた。
「あれやったら彩我ともっと近くなれる気がする」
……バカなんじゃ無いだろうか。
俺はまじまじとイチの横顔を見つめてしまった。
終わりが来る事をイチは分かって無い。それがいつなのか俺にも分からないけれど、そんな事をしたら。
「いいよ」
俺は隣の細い肩に手を置いて、こちらを振り返ったイチの頬にもう片方の手を添えた。
驚いて見つめて来る丸い瞳に真剣な顔をしている自分が映っていて、次にイチが微笑んでまぶたを閉じた。
知っていながらこうする俺は卑怯だ。近付けば近付く程、その時が悲しくなると分かっているのに、少しでもイチと近付きたいのは俺の方。
軽く唇を触れ合わせた時、ドンっと心臓が跳ねた。
冷たくも無く温かくも無い、室温と同じイチの体温。唇は想像以上に柔らかくて、内側が吸い付くように濡れている。
俺は卑怯だ。
キリキリ絞るように胸が痛む。
すぐに離すと何も知らないイチは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が幸せそうでとても綺麗で。
鮮やかな笑顔に胸が切り刻まれる。
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