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第14話
帰宅してすぐに俺たちは寝室のベッドに縺れ込んだ。
ささやかなキスで幸せを確認したのはイチだけで、やがて来る終わりに怯えながら火がついたのは俺の方。
「彩我っ」
性急に服を剥ぎ取る俺の手付きに、ベッドの上でイチが怯む。
「怖い?」
「なんでいきなりこうなるのか分からない。別に嫌じゃ無いよ、僕はそういう目的のアンドロイドでも有るし、彩我の事は大好きだから」
それはそうだ。俺が荒れてる理由をイチは知らない。
「ごめん」
ため息を吐いてベッドから降りようとした俺の腕を、イチが掴んで引き止める。
「分から無いんだ、彩我の事。彩我は僕よりも沢山の経験があって、沢山の事を考えて場面に応じた対応が出来る。僕にはそれがまだ足り無いから、彩我の気持ちを教えて」
「俺はそんなに物知りじゃ無いし、出来た奴でも無いよ」
イチが知らなくて俺が知っている事。それはイチの育成が終われば、次は二号を育成するという事だ。そうやってアンドロイドに実社会を体験させて行く。
こんなバイト……。
「俺の気持ちは、イチが好き」
目を閉じて告げた告白に、イチがひゅっと息を飲んだ音が聞こえた。
このバイトを投げてもイチは手に入ら無い。
「本当に?待って、どういう意味で?恋愛とか友愛とか親愛とか、色々な愛が有るって知ってる。彩我はどういう意味で僕が好き?」
「恋愛。でもその全部。面倒くさい区別なんかどうでもいいよ、イチが好きだよ」
俺はとんでも無い卑怯者だ。言えば言うほどイチが悲しむ事になるのを知っているのに、それでもイチが欲しいと思ってる。
俺のだ。誰にも渡せ無い。
エゴ。
「僕も彩我が好き。大好き。おかしいんだ」
ねぇと、イチが掴んでいた俺の手を引っ張って、自分の胸の真ん中より少し左に当てさせる。
「心臓なんか無いのに、ここドキドキする……」
アンドロイドに心は有る。
俺がずっと考えて願っていた事の証明をしたイチを、たまらずに抱きしめた。細い身体を描き抱いて力一杯抱き締めて。
「覚えてろよ、お前は俺のだ。他の誰でも無い、俺だけのイチだ」
マスターが変わっても。
この先イチが何百年動き続けるのか俺には分から無い。けれどその全部、一生をかけて俺だけ覚えていればいい。
なのにすぐ間近に迫った返却に、どう考えても返さずに済む方法が無い。
頭の中でぐるぐる回る。
振り切りたくて唇を重ねると、イチは唇を薄く開いて受け入れる姿勢を取ってくれた。舌先で開いた唇の間を舐めると、しっとり濡れた感触がする。
キスもセックスもイチにとっては初めてのはずで、怯えさせ無いように今度はゆっくりとシャツの袖を抜いて行く。
「どう、しよう……どうしたらいい?」
どう動けばいいのか分から無いと泣きそうに訴えて来るから、何もしなくていいと耳元で囁いて、そのまま首筋に頬を埋めた。
「そのままで居て」
柔らかくて華奢な首筋。唇を寄せると肌触りは人間そのもので、薄い皮膚の下が人工物とは思え無い。耳たぶを甘く噛んで息を吹きかければ、ビクビク首をすくめてる。
指を絡めて手を繋いで、強く握ってからゆっくりと手首をなぞる。そのまま肘まで来て、二の腕に。どこを触っても柔らかくて気持ちがいい。
「イチ……」
溺れそう。
「彩我、壊れるかも」
「なに?」
「苦しい。喉、何か詰まったみたい」
何かって?と、顔を覗き込んだら本当に死にそうな顔をしていて、思わず笑ってしまった。
「大丈夫。お前、擬似呼吸で詰まっても問題無いと思うよ。て言うか、それ詰まらせろ」
「ひどい、なんで」
「俺のこと事が好きって気持ちだから、詰まらせて身体中パンパンになってしまえ」
アンドロイドに心は有る。
俺はずっと機械にも心は有ると思っていた。愛着だと爺さんは言ったけれど、今ここに有るんだ。
少し笑えた事であせる気分が抜けて、大丈夫だよとやっとイチに安心出来る笑顔を向けられた。
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