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第17話

 寮の部屋は四畳半と狭い上に、斎藤の部屋はマニアな美少女フィギュアが所狭しと並んでいて、余計にごちゃごちゃ狭く感じる。  電子系オタクの恐ろしい所は、フィギュアに改造を施してからくり人形にしてしまう所で、この人形たちはスイッチを入れれば動く。 「お茶どーぞ」  カタカタカタ……何故か着物の市松人形がお盆に乗せたペットボトルを運んで来た。のっぺり顔に黒髪ストレートの一松がホラーで、お茶出しはそっちの髪がピンクの巨乳フィギュアにして欲しい。 「どうも」 「どうも」  俺が市松にお礼を言って受け取ると、イチもなぞって同じセリフを言った。 「えーと、イチは従兄弟で海外の病院にずっと入院してたんだよ。だから色々変で、悪かったな」  苦しい……。  こんな苦しい言い訳通用するはずない。  と思ったのに、俺の言葉に斎藤はパッと同情的な表情になった。 「え、もしかして臓器移植で幼い頃から渡米していたとか?」 「そう!それだ」 「そうかぁ、苦労したんだね。もう大丈夫なの?」  通用した。  さすが斎藤、人が良い。 「僕は生まれたばっかり」  一松から湯呑みを受け取ったイチが、また素っ頓狂な事を言う。 「まるで生まれ変わったように健康になって、最近日本に帰国したって言ってる」 「そうかぁ。なんだか泣けちゃうな、君の苦労を思うと」 「苦労は無い。彩我が居るから平気」 「苦労したのは両親で、これからは俺から日本の暮らしを学んで行くから平気。と言ってる」  ちぐはぐな会話の通訳は俺だ。 「彩我から学ぶって、じゃあイチ君は今、彩我と住んでるの?」  斎藤の問いに、ここはごまかせないなと俺は腹を括った。 「えーと、そう。俺の部屋に同居中だよ」 「へぇ……」  ちょうどその時、ドンドンドン!と激しく玄関の叩かれて、俺達は顔を見合わせた。 「誰だ、やかましいなぁ」  斎藤がのそのそ立って玄関を開けに行くと、部屋に駆け込んで来たのは並木だった。 「良かった。まだ居たんだ」  並木はイチに向かって人好きのする笑顔を浮かべながら、当然のように図々しく俺とイチの間に割り込んで座った。  ここだ!  気安く話しかけんなばぁーか。は、この時のためのセリフだ!  さぁイチ、その口で言ってやれ。  そう思ったのに、さっきの失敗を挽回しようとしたのか、イチはそれはそれは綺麗に微笑んだ。 「こんにちは」  ほんっとに無駄な学習機能だな。  並木に邪魔にされた俺が仕方なく斎藤の隣に移動すると、並木は部屋が狭い事を理由にイチに擦り寄って、俺は思いっきり顔を渋い表情を浮かべる事になる。  俺の気持ちをイチが察する事を期待するのに、漂う険悪なムードに気を使ったのは斎藤だった。 「彩我、見てくれよ。俺のコレクション」  何その話題、さっぱり分からないから。動くのは凄いけど、美少女の人形とかどうでもいいよ。 「じゃあ彩我の従兄弟なの」 「うん。それで幼い頃から渡米して向こうの病院で……」  並木に聞かれて、イチはさっき斎藤が言った設定をまんま話している。誤魔化す事を学習したらしい。 「……ぁっ……」  と、急にイチの艶めいた声が小さく聞こえて、振り返ると並んで座っている並木がイチの肩に腕を回して体を密着させていた。  イチが唇を小刻みに戦慄かせて目尻を朱色に染めれば、空気が色を変える。快感システムの始動で、どこ触ったんだあの野郎。  俺はイチと並木の間に足を蹴り入れる。 「なに考えてんだ、てめぇは。相手と場所を考えろ」 「……悪い、つい」 「ついじゃねぇ。イチ、帰るぞ」  ムカつく。  乱暴にイチの手首を掴んで大股で玄関に向かう俺の後を、イチがよろめきながら着いて来る。 「斎藤、悪かったな。また明日学校で」  部屋の中の斎藤に声をかけてから玄関を閉めた。 「彩我、聞いて」 「来た道帰ればアパートだから、大丈夫だろ」  突き放した言葉は勢いで出てしまって、だけどイチは不思議そうに俺を見た。 「彩我、何で怒ってんだよ」  なんで、なんて……。  分からないんだ。  その事に俺は愕然とした。  こんな事は初めての経験で、イチには何故俺が不機嫌なのか察する事が出来ない。二人の世界に閉じていた俺たちは、第三者が介入する事でイチの未熟さが露呈する。 「なんで分かんねーんだよ」 「だから、何で怒ってんだよ」  だったら俺が言えばいい。他の奴に触らせたり、俺より親密にするなと言って教えて……。  それが、何になるだろう。俺がするなと言えばイチはしない。その意味も分からずにただ言うことを聞くだけ。  難しいなと、俺は溜息を吐いた。 「彩我?」 「怒って無いよ」  どうしたらいい。  俺に出来るのはなるべく優しく見えるように笑ってみせるだけで、通じない相手にどう言えばいい。 「コミュニケーション失敗したから怒ってんだろ」 「そんな事じゃ無い」 「でも、次は頑張るから」  急にイチが胸を張った。 「並木さんと日曜日に会う約束をしたから、挽回できるよう頑張る。そしたら彩我も博士に誉められるだろ」  とことん通じない。 「そう……頑張って」  トドメを刺された。  嫉妬や妬きもちなんか知らなくて、イチが上手くやろうとしてるのは俺のため。  たった一人だ、たった一人並木が間に入っただけで、どうしてこうもすれ違う。

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