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第22話

 次のメンテナンスでイチの回収時期を決めなければならない。  その日、研究所でイチがメンテナンスを受けている間に、俺は爺さんといつもの応接室で向かい合っていた。 「一号は問題は無いでしょう。二号の件ですが……」 「それは、待って下さい。俺はもうこのバイトを辞めさせていただきたいと考えています。続ける自信が有りません」  そう言うと、爺さんは俺を見た後でため息を吐いた。 「実は以前、研究員のご子息にバイトをお願いした事が有りますが、一体仕上げた後で同じ事を言って断られました。ご子息は引きこもり気味だったそうで、ご両親の希望で友人を与えておいて、結局取り上げる事になってしまった」 「よく分かります」  友達のいない少年に出来た友達か。取り上げたのなら、想像しただけで可哀想だ。人に似過ぎたアンドロイドには情が移る。  それからしばらくしてメンテナンスを終えたイチが戻って来たので、ほっとした。 「どうだった?」 「何も問題無いって。帰ろう」  やっと終わったと朗らかに笑うイチの表情は明るく解放的で、ソファーに座っている俺の腕を甘えた雰囲気で引く。横目で爺さんを伺えば、電動車椅子に座ってただ満足そうに俺を見ていた。 「一号は素晴らしい。よくここまで大事に育成してくださった」  ぎくりとして、俺は爺さんを見る。  そうだ、今日決めるはずの回収時期をまだ決めていない。それがいつになるのかとても怖い。 「時に先日お話した一号の回収ですが」  イチがはっとした顔で俺の袖を掴む。 「一号はここまでにしましょう。続いて二号をお願いします」 「え、今日、ですか?」 「ここまで育てていただければ十分です。後は注文者が自分好みのアンドロイドにするでしょう」 「今日だなんて聞いてない」  今日は引き渡し日を決めるという約束だった。だからまだ猶予はあるはずだ。 「どういう事?」  イチは不穏に表情を凍り付かせて俺を見ている。その大きな瞳が裏切りの予感に揺れて、それでもまだ信じようと必死で俺を見ている。  大丈夫だよと言いかけて、俺はやめた。  今を取り繕った所で何になる。俺はイチを裏切っていたのだ。好きだと言って抱いて、手放なさないと言って……全部嘘だ。手放なす事を決めていた。好きなのは本当だなんて自分への言い訳だけで、俺はイチを裏切っていた。 「……さよならだ、イチ。お前は本当の持ち主の所に行くんだよ」 「やだっ!」  俺が言い終わらないうちに、言葉をかき消そうとイチが叫んだ。 「行かない、やだっ!彩我と居る」 「イチ」 「俺のイチって言ったじゃねーかよ、彩我がマスターって言ったんじゃねーかよっ」 「……その言葉使い、やめな」 「やめない!絶対やめない!二号って何だよ、代わりが居るから俺は要らないのかよっ!」  叫びながらイチの大きな瞳に涙が盛り上がって来るのを見て、アンドロイドも泣くのかと思った。  悲しい。  別れは悲しい。  それはインプットされた事で、だからの涙で、別れの経験が無いイチに何故それが理解出来ようか。  全身ですがり着いてくるイチに、俺は立ちすくんだまま抱き返す事はせずに両腕をただダラリと下げていた。本当に大事な者を永遠に失うその瞬間、泣くことも出来ないなんて知るはずも無い。  あぁ、どこまで行っても機械は機械。 「可愛がって貰えよ。さよならだ」 「やだーっっっ!」  叫んだイチは白衣の男に持ち上げられて、物のように部屋から引きずり出される。 「裏切り者!彩我の嘘つき!」  閉じたドアから叫ぶイチの声が聞こえて、それはだんだん遠くなって行く。  ___一生恨んでやるっ……!  最後にそう聞こえた気がした。  アンドロイドの一生とは何年だろう。  恨めばいい。  優しいふりをして好きだと言って、代わりが居るから捨てた極悪人だって一生恨めばいい。それでイチの中に何年も何百年も記憶され続けるなら、それでいい。イチが壊れるその瞬間まで共にあり続けられるなら、それでいい。  好きだった。  好きで好きで好きで、愛してる。  だからこの世界には美しい物ばかりでは無いと、汚さを覆い隠すから世界は美しいのだと、身全霊で俺を刻めばいい。未来永劫一生忘れるな。  やがて廊下から何の音も聞こえなくなった応接室で、爺さんが事務的に言った。 「では、二号をここへ」  この人は自分の作った子供達を、決して名前で呼ぶ事は無い。

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