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第23話

 その後、バイトを辞める事はうやむやのまま二号が俺に引き渡された。  イチの時のようにアパートに連れ帰った少年体のアンドロイドが、部屋の隅でずっと膝を抱えている。なんて言うか、気が滅入る。一人になれないばかりか、俺よりももっと大きな傷を抱えたアンドロイドと二人。 「名前は何にしようか、何がいい?」  気を使って話しかけながら、クローゼットからイチの服を何枚か出してみる。そんなに着なかったからまだ新しくて、どれも二人で選んで買った思い出の服だ。手に取るとイチがここに居るような気がして、俺はシャツを見つめた。  もっと何か買ってあげれば良かった。もっと美味しい物を食べて、二人で出掛けて、もっともっと。  後悔ばかりだ。 「……マスター?」  不意に闇に染み入るような小さな声が聞こえた、はっとした。  そうだった。  振り返ると二号が膝を抱えながら警戒した面持ちで俺を見ていて、こちらの様子を探っている。この子は人間を信頼していないだろうけれど、過去の記憶は無いはずで、真っさらには違い無い。  そんな二号に向けて、違うよと俺は首を横に振る。 「俺は彩我。君のマスターじゃ無くて、教育係みたいなもんだ」 「教育?」 「そう。実生活を一緒に体験してみるんだ。終わったら君は研究所に戻るから、俺は君のマスターじゃ無いよ」  同じ失敗はもうしない。俺は最初イチに、自分をマスターと呼ばせていた。それがアンドロイドにとってどういう意味か分からずにしていたけれど。 「名前、どうしようか。二号だから、に、から始まる名前にしようか」  喋りながら手にしたこっちのジーンズは、初めてセックスした時に履いてたやつで、脱げなかったから俺が足で蹴り下げた。  俺は一人で自笑して、手にした服を箪笥にしまう。 「……やっぱり君には大きいから、サイズの合うの買って来ようか」  だってあげられるわけない。  目を閉じなくてもイチの笑顔が浮かぶのに。全部だ。この部屋に有る物全部がイチで溢れてる。  やる気を無くして西日の当たるひなびた部屋で膝を抱える。窓から射し込む黄金色の夕日の中にさえ、イチが居る。 「なんで俺は……」  あんなにも物分かり良く手放したんだろう。一度は研究所に爺さんを訪ねたくせに、返したく無いと言えなかった。努力もせずにああでも無いこうでも無いと手放す理由ばかり考えて、アンドロイドには理解出来ないとイチのせいにして……。  バカだ。  もう戻らない。 「なくした……俺の……俺は大バカ野郎だ」  安いアパートの部屋で壁に背中を預けて、悲しい顔をした者が二人。互いにどうしようもなく惨めに膝を抱えた。 「に、ら」  どれくらいたったか、すっかり日も落ちて部屋が暗くなった頃、蚊の鳴くような小さな声で二号が言った。 「ニラ?」 「名前、くれるって……」 「ああ、ニラはさすがに。栄養あって美味いけどくせーよ。もっといい名前にしよう」  少しだけ笑うと白い頬がおっかなびっくりこちらを向いて、ガラス玉みたいな瞳が俺を見てすぐにそらされてしまう。 「にあ、にい、にう、にえ……二郎にしようぜ」 「なんで、やだ」  適当過ぎる事を言ったら、思わずという風に突っ込まれた。 「じゃあ、に、に、ニート」  どうかな?と様子を伺ったら、無反応で空気が凍った。贅沢な奴だ。 「立派な自宅警備員とか、一級在宅員って意味だよ」 「……意地悪」  そうか、二号はニートの意味を知ってる。  というか意地悪って。  これはマズイ。これから一緒に暮らして行くのに、第一印象が意地悪はマズイ。 「よし、ニシキだ。錦を飾るのニシキ。これなら文句無いだろ」  そう決めたら、コクンと小さな横顔が頷いた。

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