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第24話
日々は穏やかに過ぎて行く。
傷ついたアンドロイドとバカな男の二人、安いアパートで慰め合って過ぎて行く。
ニシキがそんな暮らしにも慣れて来た頃、季節は夏本番を迎えていた。アパートの窓から見える水色の空には白い入道雲が浮かんでいる。
「外、暑そう。アフスァルトがゆらゆらしてるよ」
エアコンを効かせた部屋で、ニシキが窓から町並みを覗きながら興味深そうに言った。
「外行ってみる?」
「行かない。外は沢山の人がいるもの」
ニシキはすっかり引きこもりだ。外を歩く通行人にさえ怯えて、俺の方に逃げて来る。
「うーん。いつか行こうか、俺と一緒にね」
元が女性体だったので、小さな頭とバランスを取ったというボディは百六十センチ程しか無い。顔はそのままの美少女面。こうなると何ともまぁ、恐ろしく可愛い。すこぶる可愛い。正に人形で、飾って愛でるという趣味に走りそう。こんなのが些細な事を怖がって俺の後ろに回りこむのだから、守ってやりたくなる。
ふと玄関のインターホンが鳴って、ビクリとニシキが怯えた。大丈夫だよと頭を撫でてやってから見たモニターには、斎藤が映っていた。
「おー、どうしたの?」
画面の中の斎藤はダンボール箱を掲げて見せる。
『お裾分け。実家から夏野菜が山ほど届いた』
それはありがたい。
ドアを開ければ、斎藤と一緒に外の熱気も流れ込んでくる。
「野菜食えって言われても、料理したやつ送って来いって話だよ」
「すげーじゃん。トマトとトウモロコシもある」
斎藤が首筋に滲んだ汗を拭きながら、勝手知ったるでエアコンの効いている居間に行く背中に、あっと思った。ニシキが居る。熊みたいに大きな斎藤にニシキが怯えてしまう。
「斎藤、ちょっと待って。今は……」
駆け付けた居間では、案の定ニシキが外敵から身を守る猫のようにカーテンの向こう側に隠れて丸まっていた。ブルーのカーテンが一人分盛り上がっていて、さすがにそこは無理だろ。せめてクローゼットだろ。
窓の外の通行人にさえ怯えるくせに、どれだけ慌てて逃げたのか。
「ニシキ、おいで。大丈夫だよ」
俺が声をかけると、斎藤が首をかしげる。
「なんか、見た瞬間に走って逃げられた」
「ちょっと難しい子でさ、優しくしてやって」
「ふーん。それにしても汗が引かない。あちーな」
ミンミンとセミの鳴く声が窓を閉めていても小さく聞こえて、正に夏本番。
「彩我、就職も決まらないのにまた子供を預かるとか、悠長だなぁ」
また子供を預かると、斎藤は言った。
たまたま部屋に居た子を、どうして預かったと分かるのか。
「就職決まらないしな。親の手前、親戚への奉仕だよ」
口からでまかせを言いながら、就職が決まらないのは斎藤もだろうと言ってみる。
「ふふーん、一緒にするなよ。俺は決まった」
「うっそ、今更?どこ?」
「今更とか決まって無い彩我が言うな。科学研究所。アンドロイド作ってんだってさ」
そこは……。
そんな研究所、思い当たるのは一つしか無い。爺さんの所だ。どうしてと思ったけれど、学部的に進む可能性は有る。何より斎藤は趣味でフィギュアをロボットに改造しているのだから、そんな事やろうにもチームでも組まなければ出来ない俺とは違う。
「へぇ、あそこ募集してたんだ」
何気無く言って、俺は冷凍庫からアイスを出して斎藤に渡した。
「実はコネ」
顔をしかめて笑いながら、斎藤はアイスを受け取る。
コネ。
何のコネだろう。そういえば爺さんには一人息子が居ると言って無かったか。後を継がせたいのに、なかなか戻って来ないと。今時の子は将来をどう考えているのかと聞かれた。
そして斎藤が他の学生よりも優秀なのは明らかだ。
「おーい、イチ君の弟。アイスあるって。おいでー」
カーテンに身を潜めて息を殺すニシキに、斎藤が大らかに声をかける。
けど待て。俺はニシキをイチの弟とは言って無い。親戚と言ったんだ。
「斎藤の親って、あの研究所の人?」
「あー……まぁ。親のコネ」
そういう事か。
「そっか。ニシキはあそこのアンドロイドだ。ニシキ、おいで。斎藤は大丈夫だよ」
アイスが溶けちゃうと急かすと、ニシキはカーテンの後ろでびくびくしながら斎藤をチラ見して、意を決した形相でダッシュして俺の隣に来た。すぐに腕にしがみついて背中に隠れてしまう。
「な……かっわいいなぁ」
そんなニシキを見て、斎藤が驚いたように破顔した。
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