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第25話

 初日にニシキを手懐ける事に失敗した斎藤は、翌日ゲームを持ってまたやって来た。就職が決まったので暇らしい。  二日続けての侵入者にニシキの方はパニックで、俺にしがみついて離れない。 「彩我、猫くっ付けてゲームってそれ、どんな感じ?」  テレビに向かってカーレースに白熱する俺の横にニシキがぴったり張り付いて、斎藤を警戒している。その姿は威嚇する子猫みたいだ。 「邪魔。ニシキがくっついてるとコントローラー上手く動かせない」 「じゃあ熊追い出して」 「人の友達熊呼ばわりするな、わがままめ。あーっ、また負けた。ニシキやってみろよ、邪魔なのを身を以て体験しろ」  ぽいっとコントローラーを投げて、ニシキと場所を入れ替えると、斎藤の隣に押しやられたニシキは悲鳴を堪えてガタガタしてる。 「大丈夫だよ、俺が邪魔してやるから」  仕方ないから後ろに回って抱え込んで守ってあげる。 「見て覚えて」  操作の仕方を教えるのが面倒なので、もう一回レースだ。優しく無いなぁと斎藤が呆れた。 「親に聞いたけど、彩我は教育担当なんだろ?もうちょっと人の優しさをだなぁ」 「知るかそんなもん。俺はやるって言って無いのに押し付けられたんだよ」 「あーぁ。ニシキ、アクセルがこれでブレーキがこれ」  斎藤が教えてやると、ニシキはおっかなびっくりコントローラーを握った。すぐに始まったレースは当然上手く走れなくて、後ろから抱えたまま俺が手を貸す事になった。 「ほら、クラッシュ」 「彩我なんで邪魔するの」 「ざまーみろ」  振り返って俺を睨むニシキを、ふふーんと鼻で笑ってやる。もう一回とすぐに熱中し始めたニシキから、そっと離れてアイスコーヒーを入れに行く。俺が離れた事にも気付かないニシキは、斎藤に勝ったと奇声を上げた。 「彩我、熊に勝った!」 「えー?斎藤がわざと負けてくれたんじゃないの」 「違うよ、オレ上手い!」 「見て無かった。もう一回勝ってみて」 「もうっ、今度は見ててね」  単純。  あんなに怖がっていた斎藤と肩を並べてゲームに夢中になっているニシキに、笑いが漏れる。  深層心理に傷はあっても、データを消されたニシキは基本的には素直で、いい子だ。見た目通りの子供っぽさが似合う。  イチはどうしているだろう。  イチのマスターが、斎藤のような優しい人だったらいい。アンドロイドを差別せずに可愛いがってくれる人だったらいい。  ねぇ、イチ。  夏が来たよ。今はどこに居るんだろう。 「ちょっと俺、就職の面接行ってくるからさぁ、ニシキ頼める?」  サマースーツに袖を通しながら、その翌日もやって来た斎藤に言うと、行ってらっしゃーいとニシキと声を揃えた返事が返って来た。  二人を部屋に残して出た外は、一気に灼熱地獄だ。この暑さは異常気象だと聞くけれど、こんな真夏日にスーツ着て就職活動とか本当に萎える。  イチは今頃どうしているだろうか。  ゆで卵みたいな肌に毛穴は無かったから、きっと汗もかかずに涼しい顔で過ごしているだろう。  新しい持ち主に大事にして貰えているだろうか。愛して貰えているだろうか。誰もが振り返る美貌と、ちょっとアホだけど素直で明るい性格を持っているイチ。俺が育てたんだ、幸せに決まってる。  ほんの少しの時間にイチを思い出して、景色の中にイチを探して。  後悔ばかりだ。  本当に、後悔ばっかり。  面接を終えてアパートに帰ったのは夕方で、玄関を開けた瞬間に二人の笑い声が聞こえた。 「ただいま」 「お帰り、どうだった」  声をかけたら二人に揃って明るく言われて、イマイチと俺は上着を脱ぐ。 「暑くて死にそう」 「そう?彩我はあんまり汗かかないね」  脱いだ上着を受け取ってくれるニシキの頭を一撫でしてから、留守をお願いした斎藤にお礼を言った。 「別に、ニシキ可愛いし。なぁー?」  斎藤がニシキに向けて言うと、ニシキは、ねー、と合わせて頷いてご機嫌だ。  このバイトを斎藤に譲る事は出来ないだろうか。爺さんの息子だし、ニシキがアンドロイドだと知っているし、この短期間で難しいニシキを手懐けた斎藤には向いている気がする。  俺にはもう、しんどい。

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