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第26話

 バイトの引き継ぎを斎藤に話すと、うーんと斎藤は渋い顔をした。  ニシキに聞かれるとまずいので、帰り道を送って行くフリで、学生寮までの道を二人で歩く。 「そう言われても、寮だしな」 「あ、そうか」  学生寮に外部の、しかもアンドロイドを住まわせる訳には行かない。  なんて事だ、いい悪いの前に不可能だった。  斎藤は道端のゴミを靴の爪先で蹴って、それから拾ってコンビニのゴミ箱に捨てた。  真夏の夜道はアスファルトの放射熱で蒸し暑く、排気ガスの匂いが埃っぽい。 「イチ君の事聞いていい?彼もアンドロイドだったんだろ」 「まぁ」  遠くから聞こえる祭囃子に合わせてステップを踏んだ斎藤が、俺を振り返った。 「なんで返したんだよ」  なんで返したのか。  あの時の思いは複雑だった。絶対に離れたく無かったのに。 「イチが……まだ未熟で期待する反応を返してくれなくて。でもそういうのが出来るようになると、俺そっくりになる訳で。マスターと思考パターンも似ていれば、俺がイチを支配してしまうから。イチがイチらしく生きられないと思った」 「わかんねーな。お前と似ててもイチはイチだろ。良く似た親子は同一人物か?」  それは違う。似ていても別人格の異なる人物だ。それは個人を囲む様々な外部要因からも人格が形成されるからで、二人の世界に閉じた俺とイチには当てはまらない。 「まぁ、彩我の気持ちは分からなくも無いよ。相手が大事だから尊重したいって事かなぁ。けど俺が思うには、イチはあのまま彩我の元に置いておいても、彩我そっくりにはならない。そりゃ話し方や仕草は似ても、思考パターンが変わって来るよ。なぜならイチが見る景色の中にお前が居て、お前の見る景色の中にはお前は居ないから」  そうだ。俺には俺自身が見えない。俺の見る景色の中に居るのはイチで、イチが見る景色の中に俺が居る。相手はどうするかと互いを考える事で、同じにはならないんだ。  そんな事分かりきっているのに、どうしてイチを手放したんだろう。絶対に嫌だ、ずっとそう思っていた。なのに考えは手放す方に向いてしまって、その理由をこじつけるように探した。どうして……。  今となっては分からない。  車に轢かれるからと、ふらついた俺を斎藤が歩道に引き戻す。 「俺は……ニシキに優しく出来ない」 「十分優しいだろ」 「違う、どうしてもイチを考えてしまって、些細な意地悪をしてる」 「あぁ、そんな態度してたな。意地悪すると意地の悪い子になるから、どうしても無理なら代わってやるよ」  はははと笑う斎藤の声が夜道に響いて、何故こんなにも分かってくれるのか。斎藤と居ると楽だ。 「そりゃ友達だからだろ。お前結構、ボロボロに見えるよ。疲れてるなら少し休め。卒業まで半年だし、俺的には今寮を出ても半年後に出ても同じだし」  のんびり大らかに斎藤が笑う。  あぁ、やっぱり。今の俺にはニシキの育成は無理みたいだ。斎藤の方がよっぽど向いてる。  斎藤と別れてからアパートに帰ると、ニシキが一人でゲームをしていた。帰宅した俺にコントローラーを放り投げて駆け寄って来る。 「彩我、熊また来る?」  まん丸な目で見上げて来るニシキは可愛い。あんなにも人を怖がっていたのに、斎藤にはすっかり懐いて。  敏感なんだと思う。俺と斎藤と、どっちが本心で可愛いがってくれてるか見抜いてる。 「来るよ。多分明日も来るんじゃないかな」 「良かった」  それだけでニシキはテレビの前に戻って行った。そんなニシキに俺は声をかける。 「なぁ、もし育成担当を斎藤に変わるって言ったら、どうする?」  俺の都合だけで交代はニシキが可哀相だ。けれどこちらを振り返ったニシキは、うーんと首を傾げてから、いいよと言った。 「多分彩我は他の誰かを待ってる。その人が来るなら、熊ん所だったら別に行くけど」  やっぱり俺は失敗しているなと、ニシキの返事に思った。  十分に愛せないからあっさりしてる。ニシキにとって俺は安心できる人というポジションで、決して特別では無いのだろう。俺にとってニシキがそうで有るように。  何もかもが上手く行かない。

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