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第27話

 やがて真夏の風に一抹の秋が滲む頃、ニシキの初めてのメンテナンスが訪れた。 「調子はどうですか」  俺にほとんど無理矢理ニシキを押し付けた爺さんは、そんな事など気にもせずに言う。 「ニシキの育成を他の者に代わる事は出来ませんか」 「ほぅ、どうして?」  目尻のシワの深い瞳が、興味深そうに俺を見た。  どうしてなんて、元々やるとは言っていないし、それに無理だ。 「二号はエラーが出る可能性が有るので、おかしいと思う点があったら教えて下さい。修正出来ないエラーなら、破棄します」 「破棄?」 「もしも暴力的傾向が伺えたら、それが一番困る」 「いえ、それは無いです。俺の都合です。代わりのバイト候補として友人を推薦します。彼は来春ここに就職も決まっているようですし、人柄的にも適任だと思います」 「その方のお名前は?」 「斎藤です」 「あぁ、彼ですか。分かりました、いいでしょう」  もちろん爺さんは斎藤に文句は無いようで、そうか、あの子かと何度も頷いている。 「ところで、君の就職は決まってるのですか?まだならウチに来ませんか」  だからそれが嫌だって言ってるのに、年寄りは人の話をまったく聞かない。 「君は断れない、来春必ずここに戻って来る。席を空けておきましょう」  自信満々に言った爺さんにムッとしたけど、秋口の風が吹いても就職が決まらない焦りが有るのは事実だ。それに教育担当じゃなければいいかも知れない。  そんな事を考えている俺を、爺さんはシワの深い目尻でただ見つめていた。  そろそろニシキのメンテナンスも終わるかという頃になって、いつもの暇潰しのように爺さんは話し出す。 「実は、私が六十年の研究成果を注ぎ込んだアンドロイドが居ましてね」 「はぁ」  六十年かけてこの人はイチやニシキを作ったのか。それは正に一生の全てを注ぎ込んだ開発。しかしたった六十年であれ程完璧なアンドロイドを作ってしまうのだから、科学の進歩と上手くタイミングが合ったとしても、やっぱり爺さんは天才だ。 「その彼が今度戻ってきます。アンドロイドロイド製造ナンバーゼロ、私の息子です」  俺は持ち上げようとしていたコーヒーカップを、取っ手を持った姿勢で止めた。  息子?  息子は斎藤じゃないのか?  てっきり一人息子は斎藤だと思っていたけれど。待てよ、アンドロイド、ゼロ。イチよりも早いナンバーの個体。それを息子と呼ぶなら……斎藤?じゃあ、斎藤は……。  俺はあっと息を飲む。 「彼はあまりに完璧に作りすぎた。人間に似せすぎたせいで自分を人間だと疑わずに町で暮らしています。が、私も年を取った。人生をかけて作った一体、彼にこそ最期の時はそばに居て欲しいと望むのは、老いぼれの感傷でしょうか」 「それは……」 「とても穏やかで優しい子です。来年ここの研究員として戻って来る事が決りました」  もしかしてと、手が震えてカップとソーサーが耳障りな音を立てる。  自分を人間だと信じて疑わない、町の暮らしに溶け込んでいるアンドロイド。穏やかで優しい、来年ここに戻って来るアンドロイド。  斎藤はあの難しいニシキをすんなりなつかせた。それこそ本当に、慣れているかのように。考えてみれば並木の時の気の回し方も、俺とイチの関係を最初から知っていたとも取れる。そしてここへの就職が決まっている。  けれどもう一人、それに当てはまる人物が居る。  アンドロイド。  機械にも心が有るというのが俺の信条だ。人はそれを愛着と呼び、心が有るとは言わないだろう。けれどイチやニシキに出会うよりもずっと前から俺はそう思っていた。そこに理由は無い。 「君、こちらへ」  爺さんに呼ばれて、俺はギクシャクと顔を上げる。いつも考えの読めない深い眼差しが、この時ばかりは幾ばくかの感情を込めて俺を見つめていた。  そして次の瞬間、まるで奈落の底に突き落とすかのように愕然とする言葉を聞く。 「彩我。私の最高傑作アンドロイド、ゼロ」

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