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その瞳に溺れる09

 最初のうちはしゃべりが上手い加賀原につられてよく話しよく笑い、少しばかり機嫌が良くなっているくらいだった。しかし時間が経つにつれて気持ちが大きく浮き上がってきて、それを表すようにずっとにこにこと笑いっぱなしだった。  そんな竜也の表情に加賀原はデレデレと鼻の下を伸ばしなんでもおねだりを聞いていた。酷く酔っ払うことはいままであまりなかったが、これが心配だったのだ。警戒心なく人に笑いかけるから周りはそれにやられる。 「竜也、そろそろおしまいだ」 「えっ? 大丈夫です! まだ全然酔ってません」  レーズンバターの楊枝を銜えて目を瞬かせる顔はアルコールのおかげでいつもより幼く見える。じっと見つめてくるその視線にため息をついてグラスを下げようとすると小さく唇を尖らせた。  そしてぷくりと頬を膨らませてもの言いたげに目を細める。それとともに楊枝を手放すとぱっとグラスを両手で掴んだ。 「やですっ」 「竜也」 「もう少しだけ、駄目ですか?」  甘えた声を出して上目遣いで見上げてくる、それに計算がないから困る。黙っていると眉尻が下がりひどく悲しげな表情に変わっていく。訴えかけてくるようなその目にため息をつくと視線を落として落ち込んだ。  カクテルを三杯、どれも大して度数は高くない。もう一杯くらい飲んだところで潰れることはないだろう。少しだけ譲歩してやるべきか。 「次でおしまいだ」 「……っ、はいっ」  嬉しそうに笑う、その顔に弱い。無邪気だからこそなんでも許してしまいたくなる。これはある意味悪女のようだなと思う。無自覚に男を惹き寄せて駄目にするのが得意だ。  本人はそれで嫌な思いもしてきたのだからそれについて言うつもりはないが、見ていると気が気ではなくなるし、どうにかして覆い隠してしまいたくもなる。けれど不自由に繋ぎ止めるのは彼にはふさわしくないだろう。 「九竜さん」 「ん?」 「電話じゃないですか? ポケットでずっと鳴ってますよね?」 「気にするな」 「気になります。さっきからずっと鳴ってますよ。急ぎじゃないですか? お仕事とか」  おそらく言う通りこのしつこさは仕事の電話なのは間違いない。時刻はもう少しで二十一時だがまだ残っているやつは残っている。けれどせっかくいい気分で酒を飲んでいるのに現実に引き戻されたくない。  しかし隣にある顔は心配の文字を顔に書いていて、見つめてくる視線に居心地が悪くなる。仕方なしに懐に入れていた携帯電話を取り出して確認した。着信の相手は野上、上司だ。 「ちょっと出てくる」 「はい、いってらっしゃい」  あまりにも清々しく見送られてわずかばかり胸の内が複雑になる。けれど用件を早々に済まして戻ってきたらいい。そう思って店を出てから通話を繋げたが、この男の電話が数分やそこらで終わるわけがなかった。  ほかに誰もいないというわけでもないのだからその場にいる人間でなんとかしてもらいたいと思うが、大きな案件の締めが目の前にあることは知っている。休日出勤しないと言ったら泣いて縋られる勢いで同僚に止められたのも事実だ。 「だからさぁ、これがよぉ」 「それはあんたがなんとかするって言ったじゃないですか」 「まあ、言った、言ったな。だけどやっぱりお前じゃないと全然回らなくて」 「普段から人に仕事を押しつけ過ぎだってことに気づいてもいい頃じゃないか?」  特別周りが仕事ができないわけではない。暢気そうに見える彼らは彼らでほかから見れば仕事はできるほうだ。ただ俺に対しての比重がおかしい。しかしなんでも任せておけばいいという考えがダダ漏れで、あまりにも明け透けすぎて文句を言う気にならないのだ。 「いま手元になにもないから確認できない」 「じゃあ」 「……明日、昼過ぎには行く」 「そっか、そっか、いやぁ、悪いなぁ!」  まったく悪いと思っていなさそうな声にため息が出た。まあそれでも明日も出てくる様子なのでチャラにする。だがこう仕事仕事だから結婚から遠のくんだうちの連中は。野上も長く付き合っている恋人はいるものの、結婚には至っていない。  束縛し合わないフリーな関係がいいのだと言っていたが、そもそも結婚して家にほとんどいないような旦那なんて願い下げだろう。  最近の俺が早めに帰ることが多くて負担をかけている気はするが、帰っても構わないと言われているので気にしないようにしている。どうせ来期辺りまた人を増やすだろう。 「デート中に悪かったな」 「まったくだ」

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