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その瞳に溺れる11
この店とも長い付き合いだ。加賀原の前のマスター、いまのオーナーの頃から世話になっている。一本気な人で曲がったことやいい加減なことを嫌う信頼できる人だった。だからその後を継いだ加賀原も信用していたのだが。
すまんすまんと謝る目の前の男に呆れたため息が出る。根が悪い男ではないのを知っているので、酔わせて酒代をむしり取ろうなどと考えてはいないし、ちょっと気を回したくらいの気持ちだったのも想像が容易い。
だとしても出す酒はもっと考慮してもらいたかった。かなり強いほうだと自分で言っていたらしいが、それでもあれはないなと思う。ロングアイランド・アイスティー、レディーキラーと呼ばれるカクテルの上位に入る。
「もう次は連れてこない」
「えー! そう言うなよ。たっちゃんすごい和み系で俺すごい癒やされたのに」
「お前を癒やすために連れてきたわけじゃない」
「すごく落ち着く店ですね。また来たいですぅって言ってたぞ」
「気持ち悪い似てない真似はやめろ」
やたらと身体をくねらせて口真似をする加賀原はへらへらと笑う。あいつはそんな媚びるようなことはしないと言えば、素直で純粋培養みたいだもんなと笑みを深くした。
三十分ほどの空白でどれほど距離を詰めたのか、竜也はあれこれと自分の話を加賀原に語っていたようだ。それをいささか不満に思うがそれも客商売の一環だ。
「九竜が連れてくる子だからどんな子かと思えば純白なピュアっ子だし、俺みたいなおじさんにも優しいし、天使ってああいうこの子ことを言うんだろうな。誰にもなびかなかった男が落ちるのはここなんだなって思ったわ」
「それは嫌味か」
「違うって、俺は感動してんの。ようやく九竜にも春が訪れたんだなって。たっちゃん大事にしろよ」
「言われるまでもない」
「前は他人を寄せつけない感じが強かったけどいまはだいぶ和らいだな。たっちゃん効果すごいなぁ。で、肝心の彼、ちょっと遅いな」
人をからかうことに嬉々としていた加賀原はふいに視線を動かした。竜也が席を立ってかれこれ十五分ほどになるが、もしかしたら具合が酷くなって動けなくなっている可能性もある。しかしこちらが席を立とうとするとすかさず止められた。
「なんだ?」
「いや、俺が見てくるよ」
「なんの必要性があってお前が行くんだ」
「……ああー、いやー、その、それはだな」
言葉を濁してそわそわとする加賀原は視線をそらしなにかを言いにくそうにしている。黙って返事を待つが一向に言葉は返ってこず、睨み付けるように見れば大きなため息を吐いた。そしてまたごにょごにょと口先で呟いて、最終的には諦めたように視線を上げる。
「手品野郎が席を立ってる。……って! 喧嘩すんなよ!」
言葉をすべて聞き終わる前に立ち上がっていた。そしてだからこんなところへ連れてきたくなかったんだ、と苛々とした気分が湧き上がってくる。あいつは本当に自分に無頓着だ。嫌な思いをたくさんしてきたくせに、迂闊すぎる。
一つの隙も見せるなと、そこまで言うつもりはないが、もう少し自分という人間を理解して欲しい。うぬぼれたりしないやつだというのはよくわかっている。それでも自分の前で理性をなくす男は何度も見てきたはずだ。――そう、いまのように。
「ほんとに平気ですっ」
「大丈夫だって、変なことしないから」
「それなら、なにをするつもりなのかを聞きたいな」
「九竜さんっ」
洗面所の扉を開けば壁際に追い詰められていた竜也が顔を上げる。その姿を見て腹の底から重たいため息が出た。上気した頬に潤んだ瞳、あらわになった白い首筋と肩、腰に手を回され密着した体勢。迂闊も度が過ぎると笑えもしないな。
こちらの突然の登場に固まった男は身動きしない。けれど身をよじった竜也が男の腕から抜け出すと我に返ったのか顔面が蒼白になっていった。とっさに逃げ道を探しているのがわかる視線の動き。
「何度も連れが世話になったようだな」
「……いっ、いえ、その、いや、あー、困って、いる、ようだった、ので」
「それは処理していくか?」
「とっ、とんでもないっ! 失礼しますっ」
立ち上がっているのがわかる股間に視線を向けると、不自然に身を屈めて飛び上がるように逃げ出した。走り去っていく足音が聞こえなくなってから、開け放たれた扉を閉めて音を立てないように鍵をかける。
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