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ルール・オブ・ヴィーナス

―――― 「ヴィーナスとは貴族の為の特別なオメガだ」 ジャンは白い表紙の本に目を通しながら、パンを食べているクロエに教える。 「貴族の為って……それ、道具になるってこと?」 結局、貴族の為なんて今までの階級制度と変わらない。 「それは召使いと同じだ。ヴィーナスは外見の美しさだけではなく、貴族と渡り合える教養や知識を得て、最終的に伴侶となる貴族を選ぶことが出来る」 「選ぶ?」 本をパタンと閉じる。 ジャンはマールが出したスープを飲み始めた。 美味しそうなコーンスープだ。 「そう。ヴィーナスとして国王に認められた後、貴族から結婚を申し込まれる。気に入れば結婚できるが、気に入らなければ断ることもできる。また、申し込まれていないが、自分が気に入れば、こちらから結婚を申し込むことが出来る」 結婚なんて、七つの自分には縁遠すぎて、全く想像出来ないけど。 「でも、俺、貴族のことなんて分からないし……」 どういう人柄なのかとか、家柄とかもよく分からない。 「その為にクロエは私の養子になるのだ。私が父となり、どこに出しても恥ずかしくない美しいヴィーナスに育て上げる。それに、結婚を申し込まれた相手については私がまずは対応し、見極めるから安心しなさい」 ジャンがお父さんか……。 「お父さんって呼んだ方がいい?」 「……呼ぶとしたら『お父様』だ」 「えー、俺、お父様なんて使ったことない」 唇を突き出しながら文句を言うと、ジャンは片眉を上げながら、ちらりと俺を見た。 「『俺』も禁止する。私、もしくは僕という一人称を使いなさい。……無理なら、家の中だけはジャンで構わない。ただし、外に出たらちゃんと『お父様』と呼ぶんだぞ」 「はぁーい」 「返事は伸ばさず、短く返事をしなさい。あと、物を食べながら話さない」 結構、口煩いな……。 「はい……」 「よろしい」 ジャンは短くそう返事をすると、そのままコーンスープを飲み干した。 夕食を共に取った後、マールに新しい寝巻きを用意してもらった。 マールは相変わらず、お喋りだったけど、主人であるジャンのことを尊敬しているようだった。 ジャンに部屋まで案内される。 たんぽぽの壁紙に、緑色に統一された家具。 本棚には絵本や子ども向けの少し分厚い童話が置いてあり、その上にはクマのぬいぐるみが置かれており、その上の壁には地図が貼られていた。 その地図にはところどころ丸印が書き込まれている。 「ここ、誰か使ってたの?」 「あぁ、今まで育てたヴィーナスが使っていた。使ったものが嫌なら別の部屋に変えるが」 「大丈夫」と返事をした。 「ヴィーナスになる為には、『夜九時に就寝し、朝六時に起床すること』と決められている。今夜は……九時を少し回ってしまったが、仕方がない。明日から時間通りに寝起きしてもらう」 いつも夜まで働いていたから、早寝ができるか心配ではあったけど、とりあえず「はい」と返事をした。 「それもルール?」 「そうだ。私の家に伝わるヴィーナスのルールブックに全て書かれている。全ては美しさを保つ為だ。おやすみ、もう休みなさい」 ジャンは俺を部屋に押し込むと、バタンと扉を閉めた。 取り残された俺はそのままベッドに潜り込んだ。 何も考えずに、ヴィーナスになることを選んでしまったけど、本当によかったのかな。 けれど、オメガとして生まれた以上、あのままあの街にいれば、一生虐げられる。 「ヴィーナスか……本当になれるのかなぁ」 そんな呟きは夜の帳に吸い込まれ、誰かが返事をすることもなく溶けていく。 疲れていたのか、そのまま俺は泥のように眠り込んでしまった。

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