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ルール・オブ・ヴィーナス 2

昨日は疲れきっていたせいか、約束の六時起床をすっかり寝坊して、ジャンに雷を落とされた。 「さっそく、ルール破りとは……」 「し、仕方ないじゃん!昨日は色んなことがありすぎて、疲れたんだ!!」 「ご飯を食べて、風呂に入って、寝ただけだろう。何をそんなに疲れることがある」 う……確かに……それに関しては何も言い返せずに、唇だけを尖らせてみせた。 「だいたい、貴族って召使いに起こしてもらうんじゃないの?」 「ディートリヒ家は召使いは基本的に雇わない。自力で生活する術を身に付け、自分で生活習慣を律することを信条としている。ちなみに今日、マールは午後からの出勤だ」 自分で生活するって、昨日はマールにご飯作ってもらってたじゃん!と言い返したかったが、「じゃあお前がやれ」と言われそうなので、何も言わずにいると、ジャンにまたしても睨まれる。 「何だ。何か言いたそうだな」 「別にぃ?なぁんにも?」 悔しいからそっぽを向いてやる。 「全く……お前は憎たらしいやつだな。今日から私が基本的な読み書きを教える。クロエは読み書きはできるのか?」 「読むのは出来るけど……書くのは苦手かも……」 字を読むのは両親に教えてもらったけど、書き物をする習慣がなかったから苦手だ。 「まずはそこからだな」 二階の奥の部屋に案内された俺は圧倒された。 見渡す限りの本、本、本。 難しそうな言葉の羅列ばかりかと思えば、メルヘンチックな童話の数々。 「簡単な絵本からだ」 「えー……絵本?」 「何だ。何が不満だ」 「だって小さい子の読み物でしょ?」 俺もう七歳だし、働いてたし、夢見る年頃は終わったんですけどぉ。 少し小馬鹿にするように言うと、ジャンは手に持った絵本で俺の頭をバシンと叩いた。 「痛いっ!叩かないって言ったのに!!」 「絵本や童話を馬鹿にするな。ここには先人の叡智が詰まっている」 そう言って渡されたのは『狩人のオオカミさん』という絵本だった。 ジャンは少し咳払いをすると、落ち着いた声で読み始めた。 「昔むかしある所に、可愛らしいお姫様がいました」 その話はオメガのお姫様とアルファのオオカミが出てくる童話で、好奇心旺盛なお姫様が森の中を探検している途中、悪い魔法使いに捕まってしまう。 密かにお姫様に恋をしていたオオカミ狩人が救い出すというあらすじ。 今はそんなに嫌悪感はないけど、昔の俺はこれを聞いて、やっぱりオメガはアルファには適わないんだと思って嫌いになった。 ―――― 「『狩人のオオカミさん』か……懐かしいな」 「レオ知ってるの?」 絵本を読むちっちゃいライオン……。想像するとめちゃくちゃ可愛いとクロエは心の中でキュンとした。 「定番の童話だからな。人間と獣人の物語。オメガとアルファの関係が話の中で上手く組み合わされてる。子どもにはわかりやすい教材だな」 「俺は昔、この話が嫌いだったんだよね……。オメガはアルファには適わない。だから、幸せにしてもらえ的な……自分では幸せを掴むことは出来ないみたいに思えて」 膝を抱えて、顔を埋める。 幸せを掴むためにヴィーナスを目指してきたけど、結局はアルファの嫁になることで幸せにしてもらえってことなんだと最近思い始めてきた。 「そういう意見もあるだろ。皆が皆、同じ感想は持たない。だから、お前の感想はそれでいいさ」 真っ白な毛の生えた手で頭を撫でられる。 気持ちいい……ジャンが撫でてくれてるみたいだ。 「ジャンにも同じこと言われた。レオってジャンに似てるような気がする」 「似てる?」 「ぶっきらぼうで、愛想も全然ないけど、ちょこっと優しいところ」 「……それ、褒めてんのかよ」 そっぽを向きながら、そう呟くレオが幼く見えて、少し面白い。 そんな話をしていると、ダンスホールの音楽が変わった。ワルツだ。 二階の廊下からは一階を見渡せるような吹き抜けになっており、二階の手すりから二人で覗き込む。 「俺、ジャンに一人でもいいから貴族とダンスして来いって言われたんだ」 「踊らないのか?」 「俺、ダンス苦手だもん。だから、ここに逃げてきたんだ」 手すりの隙間から恨めしそうな顔でダンスする人々をクロエは見下ろす。 その様子を見たレオは何かを少し考えた後、溜息をつき、クロエの腕を掴みながらダンスホールに引きずって行く。 「ちょっ、レオ!どうしたの?!」 「俺もうるせぇ従者から誰かと踊らないと帰さないって言われてんだ。ギブアンドテイクだ。お前、俺と踊れ!」 「はぁ!?」 そのままずるずると階段を降りていき、二人はダンスホールに降り立つと、周りの貴族達はどよめいた。

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