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三者会合

ジャンはビリヤードのキューを構えながら、球を狙う。 コツンと突くと、球はビリヤード台を転がりながら、最後の二つの球をポケットに入れた。 「さすが、上手いねぇ」 手を叩きながらジャンを褒めているのは、ヘルマン=トール侯爵。 まだ年若い青年貴族。人間の男性で、これまた珍しいオメガだった。 ブロンドの短い髪を後ろに流し、気品に満ちたアメジストの瞳はキラキラと輝いている。 アルファ種がひしめく貴族界で、後ろ指をさされることが多々あるそうだが、ジャンはあまり気にしていなかった。 ヘルマン=トールという男の有能さを知っていたし、国王からも実は信頼されている。 色々な噂も聞くが、少ない友人の一人だ。 遊戯室はサロンにもなっており、バーも備え付けられている。ヘルマンとともにジャンはウィスキーを飲んだ。 「最近、君のヴィーナスはどう?」 「反抗期で困ってる」 特にこういうパーティーに参加するのを嫌がって、今日も無理矢理引っ張ってきた。 クロエは、ヴィーナスを目指している同世代のソニアにも引け目を感じているらしく、「色黒三白眼がヴィーナスに選ばれるわけない」と言う始末。 「思春期だなぁ。ジャンが何かしちゃったんじゃないの?」 ヘルマンはおどけて言ったが、真面目なジャンは過去の接し方を考えてみた。 クロエは小さい頃から反抗的ではあったが、それなりに一本筋を通した言い方をしていたし、懐いてくると結構可愛いもので、少し気まぐれな猫のような存在だった。 歳を重ねるにつれて、賢さも増し、口もさらに達者になったが、あることをきっかけに少し気まずくなったことも確かだった。 「やはり、親子の間で性について語るのは、気まずくなるものだな」 「性?あぁ……発情期のこと?仕方ないんじゃないかな。それもヴィーナスを育てるためには必要なことだろ。それにオメガなら受け入れなければいけないことだ」 ヘルマンは目を伏せる。 オメガの貴族という少し変わった彼の生い立ちは、きっと受け入れなければいけないのことの連続であっただろう。 二人で会話をしていると、「ヘルマン様」と黒い豹の獣人が一礼しながら、ヘルマンに耳打ちする。 「分かった。下がれ」 ヘルマンにそれだけ言われると、その獣人は一礼してその場を去った。 「彼は?」 「あれは僕の執事兼ボディーガード。優秀なアルファだけど、罪人で拘留されていた所を助けてあげたんだ」 「それは……大丈夫なのか?その、色々」 「ああいう奴の方が便利なんだ、色々ね」 含み笑いをするヘルマンはどこか色気がある。 アルファにはたまらない魅力なのだろう。 「ボディーガードなら彼を近くに置かなくて大丈夫なのか?」 「あんなでかくて暗い奴が近くにいたら、興ざめだろ。それに今はジャンが僕のボディーガードだ」 そう言って、しなだれてくるヘルマンをジャンは手であしらう。 「私にそういうことをしても効かないからな」 「だから安心なんだろ」 二人がふざけ合っていると、周りの急に静まり返った。 後ろを振り向くと、灰色の狼族の獣人が二人の方へ向かってきた。 「ソロニア卿じゃないか。お久しぶりですね」 ヘルマンは臆せず、気安く話しかける。 ジャンも会釈をし、「ソロニア卿、こんばんは」と挨拶をした。 「相変わらず仲が良いな。私もお仲間に入れてもらおう。ウィスキーをロックで」 低い声でウィスキーを頼むと、バーテンは慌ててお酒を出した。 「ソロニア卿のおかげで遊戯室が静かになったよ。相変わらず、怖がられてるんだね」 「怖がらせてはいない。勝手に怖がるのだ」 ジャンを間に挟み、二人は会話をする。 狼族という種族は貴族の中でも最上級の獣人なのだ。恐れられても仕方ない。 怖がらずに話しかけられるのは、ヘルマンとジャンくらいだろう。 「ソニアさんの監視はしなくてもいいんですか?」 同じヴィーナスを育てる家系であるジャンは気になって話を振った。 ソニアは昔からその美しさで社交界の花となっていたが、タチの悪い貴族にイタズラされそうになってから、ソロニア卿が必ず傍で目を光らせていた。 「あれも大きくなった。男を見極める目も必要だ。それに私がいると誰も寄ってこないしな」 そう言ってウィスキーのグラスを傾ける。 「ソニアさんも年頃だもんね。……もう結婚の申し込みとか来てるんじゃないの?」 「まだヴィーナスの認定はされていない。次の王家の晩餐会で決まるはずだ」 ヴィーナスは国王が認めたものしかなることが出来ない。 ヴィーナスを堂々と名乗れるのはその後だ。 「しかし、国王陛下は今、目を病まれて療養中の身。フローラ王妃がヴィーナスの認定式を取り仕切るのですか?」 ジャンは現在の王家の揺らぎ方に疑問を持っていた。 王家は今までの王位継承を辞め、王子達の能力を重んじ、王位継承順とは関係なしに国王の指名と国民投票で決める方法に変わろうとしている。 「そうなるだろう。……国王陛下が目を病まれた件や第四王子のメロウ様が常用されている薬がすり替えられた件もある。フローラ様の心中は穏やかではないだろうが、陛下に全権を託されている以上、やり遂げるはずだ」 新しい王位継承の話が出てから、この不幸は続いている。 「その事だが……」とヘルマンは身を乗り出し、話しかけた。 「さっき報告があって、第一王子のアーノルド様も落馬をして、足を怪我されたと」 「アーノルド様が?」 ジャンは小声ではあるが、驚きの声をあげた。 「ソロニア卿は、王家がこんな状態になっててもソニアさんを王家に嫁がせたいわけ?」 「勿論だ。王家にいれば、これからの人生を幸せに歩んでいける。それにこの不幸はきっと、体制が変われば落ち着く」 意味ありげな言葉に、本当に落ち着くのだろうかとジャンは静かにウィスキーを飲んだ。

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