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子の心、親知らず
レオがクロエを抱えながら屋敷に入ると、客の視線を独り占めしてしまったが、レオは気にせずに使用人を呼ぶ。
「すまないが、ディートリヒ伯爵を呼んでくれ」
使用人はすぐにジャンを呼びに行った。
しばらく待っていると、黒のスーツに身を包んだチーターの紳士が現れ、レオの前に跪いた。
「レオナルド王子……この度はクロエが失礼を」
「構わない。俺もダンス相手を探していた」
抱きかかえていたクロエをジャンに渡す。
ジャンはクロエを起こそうと声をかけるが、レオに制される。
「慣れないダンスをして、疲れたらしい。休ませてやれ」
「お気遣い、ありがとうございます。その……ダンス中、何か粗相は致しませんでしたか?」
クロエのダンス下手を知っているため、思わずレオの足元を見ると、レオの立派な靴は少し汚れていた。
申し訳ないと顔書いてあるのか、レオは思わずふっと笑う。
「靴のことなら気にするな。……ところで、クロエは今、いくつだ」
「今年で十六になります」
「まだヴィーナスではないんだな」
「来月に催される晩餐会で認定されるかどうか決まります」
「……クロエに伝えてくれ。晩餐会で会えるのを楽しみにしていると」
レオはそれだけ言うと、屋敷を出ていってしまった。
ジャンが一礼し、見送った後、クロエをベンチに座らせ、肩を揺さぶった。
「クロエ、いい加減起きなさい」
「んん……あれ?ジャン?ここどこ?……レオは?」
寝ぼけたようにあちこちキョロキョロしていると、ジャンはコツンとクロエの額を叩いた。
「いつまで寝ぼけているんだ。馬車を待たせている。帰るぞ」
「ジャン?あ、ちょっと!引っ張るなよ!」
そのまま引きずるように馬車まで連れていき、クロエを押し込む。
少し乱暴な態度に、ジャンが怒っているように思った。
「ジャン……?なんか怒ってる?」
「怒っていると言うより、呆れている」
あ、呆れている?何かしたのかな?
「でも、俺、言われた通りにダンスしたよ?レオっていう貴族とダンスしてさ、すっごくダンス上手くて助けてもらっちゃった」
「レオナルド王子だ」
「え?」
ジャンの言葉にクロエは固まる。
王子?
レオが?
「レオナルド様はこの国の第五王子だ。お前が気安く呼び捨てにしていい相手じゃない」
「え!?レオが!?王子様!?」
「こら!!レオナルド様と呼べ!」
びっくりしすぎて、大声をあげてしまった。
ジャンの怒った声も耳に入らないぐらいびっくりしてしまった。
だって、レオは何も言ってくれなかった。
全然、王子らしくなくて、自分とも対等に接してくれた。
……あんな王子様もいるんだ。
「レオナルド様から伝言だ。『晩餐会で会えるのを楽しみにしている』と」
「晩餐会……」
「王家が主催する晩餐会だ。全てのヴィーナス候補が集まり、正式にヴィーナスとして認められる」
ソニアなら余裕で認められるんだろうけど、自分みたいな不細工は認められるのは難しいような気がする。
「レオナルド様とは何かお話したのか?」
「……えーっと」
身の上話をしたとは言いにくい。
しかも、本人が呼び捨てにしていいと言ったから敬語も使わず、馴れ馴れしく話していた。
あの時の自分を叩き倒したい。
「よもや、失礼なことや恥ずかしいことなど言っていないだろうな」
ぎらりと光るジャンの瞳が怖い。
「し、してないよ……。それに、たまたまとはいえ、王族の人とお近づきになれたし、ジャンは嬉しくないの?」
話を逸らそうとジャンに詰め寄るも、特に表情を変えることなく、「……嬉しくなくはないが」と歯切れ悪く答える。
「……ジャン、俺のこと、どう思ってる?」
「急になんだ」
「他の貴族とコミュニケーションをとれって言いながら、レオ……ナルド様とお近づきになったこと嬉しくなさそうだから」
本当は俺のこと、嫁いで欲しくないんじゃないの?
嫁いで欲しくないって言ってくれたら、俺、ずっとジャンのそばにいるよ。
期待を込めて、そう聞くも、ジャンは何も顔色を変えず、「お前は大事な息子だよ」と頭を撫でた。
「お前が幸せになれるように全力で支える。あとは晩餐会での認定式を乗り越えれば、晴れてヴィーナスになれる」
期待した答えとは違い、クロエは少し肩を落とした。
そうだ。発情期の時、いつもジャンが手伝ってくれるのは、息子として恥ずかしくないようになんだ。
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