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特別な子ども

九年前、褐色の肌をした子どもを拾った。 たまたま寄付をするためにやって来た教会の裏手をぶらぶらとしていると、子どもが大人三人に虐げられていた。 いい大人が何をやっているのかと、怒りに行くと、大人はあっという間にどこかに行ってしまった。 その子どもも私を見て、気を失ってしまった。 初めて獣人を見たらしい。 それが、クロエとの初めての出会い。 そのままにしておくわけにもいかないので、屋敷に連れて看病すると、意識を取り戻した彼は小生意気で好奇心旺盛な勝気な子どもだった。 「ねぇ、ジャン!耳触らせてよ!」 いつだったか、そんなことを言い出した。 初めは断ったが、あまりにもしつこく付き纏うので、仕方なくしゃがんで、耳を触らせた。 結局、自分の子どもには甘くなってしまう。 「よしよーし」と耳の裏を撫でられる。 む、なかなか……上手いな。 「前にジャンがくれた図鑑にチーターのことが載ってたんだ。チーターって猫科の動物だろ?だから、猫みたいに耳の裏を撫でたら気持ちいいのかなぁって思って!」 「……まぁ、嫌ではなかった。お前は撫でるのが上手いな」 得意げな顔で下から見上げる顔は可愛らしい。 思わず、頭を撫でると嬉しそうに肩を竦めた。 「しかし、他の獣人にそんなことを言ってはいけないぞ。失礼に値するからな」 「分かってるよ。ジャンだからお願いしたんだ!」 唇を尖らせて反論するのも昔からの癖。 その顔はやめなさいと言っても、これだけは大きくなってからも直せなかった。 今まで、貴族に育てられたオメガやヴィーナスを見てきたが、皆物静かで、大人しい者達ばかりだった。 クロエは対照的で、くるくると表情が変わる。 親バカかもしれないが、表情豊かなクロエは他の貴族の子ども達より、ずっと魅力的だと思う。 元々、反抗的だが、頭の回転の早いクロエはどんどん知識を吸収して、賢くなった。 ……相変わらず、憎たらしいことも言うが。 親として接してきたが、それが少しずつ音を立てて壊れてきたのは、やはりクロエの発情期が始まった頃からだろうか。 『ジャン……もっと、触って……』 あの時、私はクロエの性器に触れ、愛し合う真似事をした。 息子に性処理の仕方を教えるつもりだった。それなのに、私はクロエのことを一人の「オメガ」として見てしまった。 ヴィーナスの父として、あるまじき行為だ。 クロエの汗ばんだ褐色の肌は、香油を塗った肌とは違い、フェロモンを含んだ甘い香りが匂い立つ。 オメガのフェロモンなど、決して心揺るがないはずの自分が、何故クロエにあんなにも反応してしまったのか……。 クロエの絶頂を見届けたあと、私はクロエの部屋を後にした。 クロエが静かに部屋で泣いている声を扉一枚隔てながら聞き、下を見ると、自分のモノがすっかり反応してしまっていることに気づいた。 あの日以来、クロエを早くヴィーナスにして嫁がせ、自分から離さないといけないと焦る自分と、自分の手元にいつまでも置いて可愛がってやりたいという自分がいた。 その相反する気持ちが行ったり来たりして、私を悩ませる。 「ジャン、入るよ」 黒い細身のスーツに身を包み、白く長い髪をベロアの黒いリボンで纏めたクロエが部屋に入ってきた。 「部屋に入る時は、ノックしなさい」 「したよ。でも、返事がなかったから」 随分ぼーっとしていたらしく、全く気づかなかった。 「そうか……すまない」 「もう晩餐会に行く時間だろ。外に馬車が来てる」 時計を見ると、針は夕方の六時を指していた。 今夜はクロエがヴィーナスとして認められるかどうかが分かる大切な晩餐会の日。 私はコロンを少し吹きかけ、コートを羽織り、シルクハットを被った。 すると、マールが慌ててハンカチを差し出してきた。 「ジャン様!お忘れ物です!!」 「あぁ……すまない」 忘れ物など、らしくない。 胸ポケットに入れ、クロエとともに馬車に乗り込む。 「忘れ物なんて、珍しいな」 「うたた寝をしていたらしくてな。少し頭がハッキリしていなくてな」 少しの沈黙の後、クロエは「あのさ……」と口を開いた。 「ジャンは王族の人と結婚した方が嬉しい?」 「……お前が選んだ人なら、誰とでもいいさ」 「貴族じゃなくても?」 「お前が望むなら」 「本当にいいの?」 榛色の瞳は不安なのか、涙の膜を張ったようにうるうると揺れている。 頬に触れ、額にキスをした。 昔、泣きそうになっていたクロエによくしてあげたキスだ。 「お前が選んだ人なら、大丈夫だ」 「……うん」 正直、今の王家に嫁がせるのは、クロエを危険に晒しそうで恐ろしい。 しかし、今そのようなことを言えば、クロエが不安に思うのではないか。 そう思うと、本当のことが言えなかった。

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