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晩餐会
開け放たれた銀色の門を通り抜け、驚くほど広大な庭にクロエは息を呑んだ。
もう日は傾いているのに、煌々とついた街灯のおかげで、美しく剪定された木々が立ち並んでいるのが分かる。
途中、大きな噴水もあり、ライオンの騎士の像がそれを見あげている。
アーチにはバラが巻き付き、花の香りが咽ぶ迷宮へ誘っている。
(住む世界が違う)
貴族の家で過ごしたクロエでさえも、そう思ってしまった。
そもそもジャンの家は貴族と言いつつも質素なので、比べるのも恐れ多いのだが。
広大な庭を抜けると、左右に大きく広がった宮殿が見えてきた。
真っ白な門をくぐり抜け、レンガ道を通っていくと、城の前まで行き着いた。
猫の獣人が馬車の扉を開け、ジャンとクロエを宮殿の中へ案内すると、金色の馬の像に出迎えられる。
謁見の間に通されると、何人かの貴族達が椅子に座って、話ながら何かを待っているようだった。
「ディートリヒ伯爵様、クロエ様はここに」
猫の獣人に案内されたのは前から二列目の席で、前方の玉座に近い席だった。
さらに前の方の席には、ソロニア公爵とソニアも座っていた。晩餐会開始前のざわざわとした中、二人とも何も喋らず、ただ前を向いている。
晩餐会の時間が近くなると、王子が二人現れた。
白いライオンの獣人は、レオ。
もう一人は真っ黒なライオンの獣人だ。
「ねぇ、ジャン、あの黒いライオンの人も王子?」
周りに聞こえないようにこっそりと聞くと、ジャンは頷く。
「あぁ。彼は第二王子のリオン王子だ」
「他の王子様は?」
王子達の席は五つ用意されているが、出席するのはあの二人だけらしく、王位継承順にリオンは二番目、レオは五番目の席に座った。
「ジャン、どうして席があんなに空いてるの?」
「……いずれ分かる事だが」と前置きしつつ、ジャンはクロエに小声で伝えた。
「第一王子のアーノルド様は、先日落馬をされ、足を怪我された。第四王子のメロウ様は病弱でめったに外へ出られない……おそらく今回も体調を考慮されて欠席されるのだろ」
「第三王子は?」
第三王子の話を振ると、ジャンの表情は明らかに曇った。
「……第三王子のフリオ様は王位継承権を放棄されて以来、公の場には出られていない」
どうして?とクロエが聞こうとしたところで、羊の獣人が現れ、「女王陛下の御成です!」と大きな声が上がった。
階段の上にある二つの玉座へ奥から現れた女王陛下が静かに座った。
女王といっても男性で、白いスーツに身を包み、マントを羽織っている。
黒い髪は緩く後ろに束ねられ、肌は白く、中性的な美しい細身の男性だった。
クロエは何となく、この人も『ヴィーナス』だったのではないかと感じた。
「皆様、この度は王家主催の晩餐会にご出席頂きありがとうございます。国王陛下は体調が優れないため、代わりに私が代理を務めます。さて、この晩餐会は『ヴィーナス』の認定式にもなっておりまして、晩餐会が終わり次第、認定式をさせてもらいます」
クロエは少し不思議に思った。
認定式をして、晩餐会をすると思ったからだ。
女王陛下のお話も終わり、各々謁見の間から離れ、今度は晩餐会が行われるフロアに移動した。
廊下に立ち並ぶ銅像たちに見下ろされながら、歩いていくと、窓の外に大きな塔が見えた。
蔦に絡まった古びた塔で、なにやら恐ろしい雰囲気を醸し出していた。
大きなシャンデリアがいくつも飾られ、夜なのに昼のような明るさが保たれている。
その光を反射するように、グラスや銀食器も輝いている。
晩餐会は立食式らしく、フロアの真ん中にたくさんの料理が並んでいる。
「クロエ」
そう声をかけてきたのは、ソニアだった。
相変わらずの美貌で、男達の視線を独り占めしている。
ソニアは気づいていないのか、クロエの方にニコニコと話しかける。
「クロエ、今晩でやっとヴィーナスになれるか分かるね」
「うん……でも、晩餐会の前に認定式をするのかと思ってた」
何気なくそう言うと、ソニアはクロエに耳打ちする。
「この晩餐会は、いわば試験。陛下や王子がヴィーナスとしての品格があるかどうかを見極めるんだよ」
「え?!」
そんなこと知らなかった。
試験だなんて言われたら、余計に緊張してきた。
普通に何か粗相しそうだ。
「あっ、クロエ、緊張しないで!普段通りでいいんだよ。それに、前のパーティーでレオナルド様と素敵に踊れてたし、僕は羨ましいよ!」
ソニアはフォローを入れてくれたつもりかもしれないけど、あれは散々レオの足を踏みながら踊ったもので、素敵どころか粗相ばかりだった。
(レオもあの時、王子だって言ってくれたらなぁ……)
レオに恨み言を心の中で言っていると、ソニアは別の貴族に挨拶に行ってしまった。
ジャンも友達の貴族であるヘルマンと話し込んでるから、「たまには自分から貴公子たちに話しかけなさい」と邪険に扱われてしまった。
(また、壁の花にでもなろうかな)
そう思って、クロエは壁に背中をつけると、誰かが隣にやってきた。
クロエは見上げて、ぎょっとした。
真っ白な毛並みのライオン、レオが腕組みしてクロエを見下ろしていた。
「こんばんは。クロエ=ディートリヒ」
「こ、こんばんは……レオナルド王子」
「こんな所で何をしている?晩餐会は始まったばかりだろう」
「えっと……ちょっと、疲れて……」
言い訳をするために、視線を泳がせていると、「それはいけない!」とわざとらしく声を上げて、クロエの肩を抱きながら、別室へ連れていかれた。
途中、色んな人に見られたため、顔が真っ赤になった。
(は、恥ずかしい……っ)
来賓室らしく、誰もいない部屋に連れてこられ、ソファにどすんと座らせられる。
「あの、レオナルド様?」
「様付けは言いっつっただろ?クロエ」
この前会った時のような砕けた言葉遣いになって、やっぱりあの時の獣人はレオなんだと実感した。
「でも……一応王子様だし……この前は失礼なこといっぱい言ってごめんなさい」
「一応王子っていうのも結構失礼だぞ」
くっくっと笑うレオは相変わらずかっこいい。
「久々に気楽に話せる奴がいて良かったと思ってたんだ。だから、クロエ、お前はそのままでいい」
「……やっぱり、レオって優しいね」
安心して、素の自分を出せる相手というのは本当に気楽だ。
ほっとして笑っていると、レオはクロエの前に片膝をついて座った。
「お前に、話があるんだ」
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