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第29話

「えっ、あ」 ハッとしたものの、こういう時どう返したらいいのかわからない。 「えっと、あの、どうも」 もごもごしながらそれだけをいうと、スッと立ち上がって微笑む。 「式で会いましょう」 また甘い匂いを漂わせて、そのまま俺たちが来た方向に去って行った。落ち着いた空気の廊下に、涼しい風を漂わせながら。 その後ろ姿を、ついぽかんとして見送ってしまう。 「さすが王子、言動がスマートだな」 彼は少し感心した様子で、それでも少しぽかんとしている。 でも、一番びっくりしていたのは、俺たちを案内してきたおっちゃんだった。 「王子はとても人見知りな方で、人とすれ違ってもほとんど自らご挨拶されることはありません。とても珍しいことですよ」 少し興奮気味に、俺たちの顔を交互に見る。 「え、そうなんすか?」 そんなこと全然知らないから、アホみたいに尋ね返した。 「はい、公式の場以外でこうして誰かと話をされるのを初めて拝見しました。いやぁ驚きました」 「あなたがそんなに言うほどだったら、本当に珍しいことなんだろうな」 彼が少し微笑む。俺は無言でまた彼にしがみついて、また部屋への案内を受けた。

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