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第57話

こんな庶民的なことをこんなところで考えているのは俺くらいなもんだろう。 ぼんやりと周りを眺めていると、彼が優しい目をして俺を見ていた。 「真剣だな、チャペルは好きか?」 「え、そんなに真剣かな?」 「ああ、魅せられているという顔をしている」 「そんなつもりはないけど」 とはいえ、本当に厳かで綺麗な教会だと思う。もともと城でチャペルとして造られたわけではないからちょっと薄暗いけど、ランプやロウソクの灯りが程よく馴染んで幻想的な景色を作り出していた。 「チャペルを模した結婚式場は日本にもたくさんあるけど、こっちの方が本格的だし、落ち着いてて好きかな」 それだけ言うと、彼はふんわり笑って額に軽くキスをしてきた。 そういえば、会場には日本の政府関係者も招待されていて、どの立場のどんな人だかわからないけど、俺と彼を見ると笑顔で握手を求められた。この国にきて日本語を話したのはその時が初めてだった。 「こんなところで日本語を聞くとは思わなかったぜ」 対面後彼が笑いながら言うけど、俺だってそう思っていた。 詳しいことは知らないけど、彼の会社が日本に移転したことによる経済効果がかなりのものだという話を聞いたことがある。世界で指折りの大企業なのだから確かにそうなんだろうけど、政府の人間からしたら、俺たちはものすごい金ヅルなのかもしれない。だからあの笑顔、みたいな。少し考え方が意地悪かな。まぁどうでもいいけど。

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