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第59話

「おめでとう、シェフ」 目の前を通り過ぎた時に何の気なしに口をついて出た。シェフは祝福の喧騒の中俺の声に気がついて、ちらっと俺の方を見る。そして、別荘で見たみたいなはにかんだ幸せそうな笑顔を見せてくれた。 人の結婚式でよかったなんて思ったことは正直あんまりないんだけど、今日、今、この瞬間、彼に本当に幸せになってほしいと思った。 「ハニーも結婚式したくなったか?」 通り過ぎたシェフの背中をぼんやりと見つめていると、また彼が耳打ちをしてくる。 「んっ? いや、そういうんじゃねぇけど」 「そうか? 羨ましそうに見えた」 彼はいつもに増して慈しみの目を向けてくる。 「羨ましいとは思ってないよ。本当にシェフが幸せになったらいいなって思っただけ」 つられて少し微笑んでしまう。 「まぁ、雰囲気はすごくいいなと思うけどね。映画の中みたいで。主人公みたいじゃん」 視線をシェフの背中に戻す。いろんな愛情の形があるだろうけど、こんなにたくさんの人に祝福されて国を挙げての結婚なんて、本当に人柄がなせる技だろうな。 彼はしばらく俺を見つめたあと、前に視線を戻した。俺の腰に軽く手を回しながら。

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