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第86話

「とにかく、そういうわけだから、あんたと話をするつもりはない。ほっといてくれ」 少し強めに言って背を向ける。 まさかその途端に、後ろから擦り寄るみたいに抱きしめられるとは思ってもいなかったけど。 「っ!」 背筋がゾッとした。 「つれないんだね。ちょっと気が強そうかもしれないと思ったけど、思った通りだ」 肩にそっと顎を置かれて静かに囁かれる。本当につまらなそうに言うから、行動と言葉のギャップがすごい。一瞬で王子の匂いに包み込まれた。 「やめろっ」 トラウマがぶり返しそうで怖い。無理矢理振り払って逃れるけど、匂いがまとわりついて息が上がる。けれど、すぐに左手に指輪を見て、すっと心が落ち着いた。 「あのね、僕見たんだよ」 王子の1人舞台は続く。しらっとして微笑んでいるのが余計に怖い。俺は無意識にスマホを左手で握りしめて、胸のあたりにあてていた。 「あなたと夫である彼の、睦じい様子」 「……は?」 睦じい様子? 何か想定していたわけじゃないけど、それにしても想定外で頭がついていかない。 王子はゆっくりと俺に近づいて、ギリギリ俺に触れないくらいのところで静かに微笑んでいた。

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