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第89話
王子は再び俺の手を取った。あまりにもナチュラルで、抵抗するタイミングを失う。
「でも、見て見ぬ振りしなくてよかった。あなたっていう人、あなたの美しい姿を見ることができたんだから」
再び手の甲にキスを落とされる。今度は、静かに腰を落とされて。
「もっとあなたのことが知りたい」
上目遣いに見つめられる。綺麗な顔に思わず見惚れそうになるけど、そうして取られた手の甲には、彼からもらった指輪がしっかり光っている。
パッと手を引っ込めた。埃を払うみたいに軽く手を叩いて、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「俺は知られたくない」
見下ろして、はっきりと告げた。
びっくりしたみたいに目をまん丸くさせている。綺麗な顔が台無しだけど、どうでもいい。
「さよなら」
畳み掛けるみたいに言って小走りにその場を去った。
後から外交問題とかに発展したとしてももう知らん。発展したらしたで謝りゃいいや面倒くせぇ。
(大体にして)
なんで王子様が童貞じゃないっていうことをさらっと聞かされたあげく、そんなことを言われなきゃならないのか。舐められてるとしか思えない。
(黙って女でも引っ掛けてろ!)
足早に去る背中を、王子が薄笑いで見守っていたことも全然知らないまま。
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