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第112話

鼻息荒いマッチョはあっという間に俺を連れ帰った。 けれど、あと部屋まで数歩というところで、背後から声をかけられた。聞き覚えのある声で、俺の背筋は途端にさっと寒くなった。 「あれ、奥様は酔っ払われたのですか?」 彼が振り返る。俺は背筋の寒さの正体を確認するみたいに、彼の肩越しに後ろを見た。 やっぱりだ。 「あっ、王子、これはこれは!」 思いっきり水を差された。ワイシャツにベストを着た王子が、月明かりを浴びて白くぼんやりと立って微笑んでいる。 彼の外ズラが一気に顔を出す。俺を降ろすと軽く背筋を正した。俺も彼の背後で気配を隠すみたいに立った。 「いつから、そこにいらっしゃったんですか?」 彼がちょっと恥ずかしそうに尋ねた。鼻息荒くしながら妻抱きかかえてたらちょっと恥ずかしいか、倒れたわけでもなく、言ったら下心丸出しなわけだし。 「僕はちょっと外を眺めたくて、たまたまここをふらふらしていたんですよ。そしたら、誰かが抱えられて運ばれてくるのが見えたので、ちょっと心配になって」 王子はうっすらと微笑みながら言った。本能的に嘘だなと思った。多分、もっと前から、張り付くみたいにここにいたんだと思う。確証はないけどなんとなくそんな感じがした。

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