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第163話

「……ん」 唇を離す。彼ですら目を丸くするほど、深くて甘ったるいキスを見舞う。少しの間見つめ合って、戸惑う彼を声もなく宥めたくらいにして。 「え、何、急にどうしたの?」 声をあげたのは王子様。さすがの王子様も、なんの脈絡もなく彼にかぶりつくようなキスをしたことに戸惑っているみたいだった。 けれどそれも狙い通り。腹くくった日本人舐めんなよ。 「もうさ、俺に近づかないでくんない?」 ゆったりと彼に抱きつく。目だけはしっかり王子様を睨みながら。 「俺が好きなのはコイツだから。だからコイツのことは絶対に裏切らないし、ましてあんたのことを好きになんかならない。あんたがどんな立場の人間か正直よくわかんないけど、どんなに偉くても金持ってても、俺は絶対にあんたのことは絶対好きにならない。あんたはコイツじゃないから」 一言一句つっかえずに、ハッキリと言ってやる。 ひときわ賑やかな街の喧騒の中でも、自分でも不思議なくらいしっかりと、声が響いたのを感じた。 王子様の顔が、ほんの一瞬だけ険しく歪んで、すぐに笑む。 「…………ふぅん、そっか、残念」 たった一言、笑顔に添えてそれだけ言って去っていった。 もう会うこと無さそうだと思ったけど、本当にもうそれっきり、彼と会うことはなかった。

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