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第171話
シェフだった。スーツを着ている。空いた扉の横にいたのに全然気づかなかった。
口をあんぐり空いたままその顔を見ると、変わらない優しいはにかみ笑顔を向けられる。
「彼に頼まれたのよ、内緒にしていてほしいって」
話す声も優しい。
「本当は、一緒に食事をした時から知っていたから、あの時に話して一緒に喜びたかったんだけど」
「え、あの」
「もう隠す必要はないわね。おめでとうハニーちゃん」
そのままそっと腰に手を添えられて、前に行くように促された。
目の前に、赤い絨毯の引かれたバージンロード。天井の明かり取りから落ちてくる光に照らされて、そこだけキラキラと光っている。
着の身着のままの、こんな身なりで歩いちゃいけないはずなのに、シェフの手の温かさが、自然と俺の足を進めさせた。
一人で、一歩一歩、教会の奥へ進む。百メートルくらいありそうな道のりを、一歩一歩歩いていく。
「おめでとう」
途中の席に座っていたのは、シェフの旦那。
「おめでとうございますっ」
そして、反対の席に、式で話をした、日本の政府の関係者。
なんかよくわかんないけど、絨毯を踏みしめるたびに目が潤んでくる。
少しだけ周りを見たけど、あとは誰もいない。厳かな空気は優しくてふわっとした空気に変わった。
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