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溢れて止まらない16
電話を切った後も、薫はしばらくスマホの画面をじっと見下ろしていた。
自分の中に渦巻く複雑な感情を持て余している。
樹と再会し、いろいろな過去の空白を少し埋められたことで、ようやくずっと止まっていた時計の針が動き出した。そんな気がする。
樹にずっと謝りたいと思っていたことは叶った。自分の想像していた以上に、樹は大人になっていて、周りの協力を得ながら自分の足でしっかりと歩んでいる。
これから先、自分は樹の兄として、何をしてやれるだろう。彼が目を輝かせながら語ってくれた夢。その手助けが出来たら、自分の中に燻るこの行き場のない罪悪感を、少しは薄めることが出来るのだろうか。
……兄として……。
薫は、はぁ……っと深いため息をついた。
樹にもしまた会えたら、謝りたいとだけ思ってきた。それが叶った今、自分は少し贅沢になっているのかもしれない。
……樹は……俺のことを、どう思っているのだろう。
あの時、手放してしまった2人の関係は、もう終わってしまったのだろうか。
……いや。バカだな、俺は。
薫は自嘲気味に頬を歪めて苦笑すると、口を手のひらで覆った。
……終わったに決まってる。何を今さら……。
もともと、まだ15歳だった樹が、自分と同じ想いを抱いていたのかも怪しいのだ。
月城も言っていたではないか。あの頃の樹は不安定で、縋る相手を求めていたと。求められそれに応えていた月城と、自分の立場は、樹の中では多分同じだったのだ。
あのどうしようもなく溢れて止まらなかった想いを、自分は今でも恋だと思っている。
でも、樹はきっと、違う。
……未練がましいな……俺は。
終わってよかった恋だった。
樹は弟だ。同じ血を分けたたった1人の。
狂おしく求め合い惹かれ合ったと思っていたのは、きっと同じ血が流れていたからだ。
樹には今、大切にしたい女性がいて、自分も大切にしなければいけない人がいる。
これが、自然なのだ。
「樹……」
樹と最後に睦みあった、あの温泉での夜の情景が浮かんできた。
2人の恋は、あれが終着点だったのだ。
最初から、何処へも行けない恋だった。
もう思い出にしなければいけない。
見下ろす手元のスマホに、雫がぽたぽたと落ちた。指先で拭っても、また落ちて画面が濡れる。
未練を完全に断ち切るには、まだ時間が必要だった。
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