121 / 148

月の光・星の光21

薫は自分に必死に言い聞かせていた。 焦るなと。 何年もなんの手がかりもなかった樹のことを、ようやく知るチャンスが訪れたのだ。それがどんなに悪い内容であろうと、知りたいと思う。 あの頃の樹を、そして今の樹の心を理解する為には、自分は真実を知らなくてはいけない。そうでなければ、自分はあの子のたった1人の血の繋がった兄として、側にいることすら許されないのだ。 「わかりました。では、俺は待ちますよ。貴方が、俺を認めて信頼してくださる日を」 声が震えそうになるのを堪え、朝霧の目を真っ直ぐに見つめて、薫は答えた。 「…………」 朝霧は、何故か少し驚いたような目をして、黙ってこちらを見ていたが 「なるほど。話に聞いて想像していたよりも、君は大人だな」 「え……」 薫がどう反応していいのか戸惑っていると、朝霧は苦笑して 「ああ、いや。この言い方は君に失礼だったな。すまない。私はもっと君がムキになるかと思ってたんだ。そうか…なるほどね」 独り納得して微笑む朝霧に、薫は困惑していた。 朝霧が、自分という人間を見極めようとしているのと同じように、薫もまた樹の養父がどんな人物なのか、いろいろと想像していた。 実際に会った彼は、予想より10歳以上若かった上に、何を考えているのか簡単には掴ませない独特の雰囲気を持っている。 赤の他人である樹を、どんな経緯があったにせよ、養子にまでするというのは、なかなか出来ることではない。金持ちでもっと年配の人が慈善活動で。 最初はそんな風に考えていたのだ。 「あの……少し貴方のことを聞いてもいいですか?」 「ああ。もちろん。答えられないこともあるが、君とは出来るだけ率直に話がしたい」 穏やかに微笑む朝霧に、自分より年長の余裕のようなものを感じて、薫は複雑な気持ちになった。 張り合うような立場の相手ではないのだ。 それでも、樹のことを自分より理解している朝霧の態度に、モヤモヤした気分になる。 「貴方は……ご結婚、されているのですか?」 朝霧はほんの少しの間の後で、薄く微笑んだまま 「していた……かな。大学にいた頃にね。生涯のパートナーと思っていたヒトがいたよ」 「……過去形……ですか」 「うん。残念ながら、今は独り身だ」 「お子さんは?」 「いないね。今後も私に子どもが出来ることはないかな」 朝霧はまったく表情を変えないで淡々と答えた。だが、自分を見つめるその眼差しには、微かな揺らぎがある。 この質問はどうやら、あまり深く突っ込んで欲しくはない類なのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!