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未来を掴め! (編集済み)

 長年の隠遁生活の影響でなまってしまった身体に、  いきなりの全力疾走は正直思いっ切りしんどい。    でも、獣人族の少年は  ここで歩みを止める訳にはいかないのだ。 「―― っはぁ……はぁ……っく」  ちょっとでも気を抜けば音が鳴る鎖を、  必死で音がたたないよう服の中に隠しながら走る。  黒いフード付きのコートを羽織ってきたが、  そのフードから時折見える純白の体毛と尻尾は  月の光を反射する。  お洒落の素っ気もないような囚人服でも、  先月、初潮を迎えた身体は確実にワンランク上の成体へと  変化しており、薄っぺらな服だからはっきり分かる  ボディーラインは柔らかな曲線を描いている。  研究所と呼ばれる政府の秘密施設で生まれ育ったボク。    なまくらな足に生い茂った草木や土は痛いが、  そんな痛覚を気にしている余裕はない。  逃げなければ。  とにかく逃げなければ、  待っているのは囚われの日々。  決して捕まるわけにいかない。  数日前から続く熱のせいで身体がふらつく。    休息を求め自然と足が遅くなる。  (……だめ、走らなきゃ……)  それしか、俺に生きる道は残されていないんだ。  前を見据える。    まだ死ねない……!  ふっと、人の気配を感じてとっさに ”伏せ”の  姿勢をとった。  と、その時だった。        『……聞こえるかい……?』       それは、囁くというほど高くもない。  しかもどこから聞こえてくるのか分からない声。    この仔を生んだ女が属していた一族の使う  意思伝達法のひとつ・遠話(おんわ)だ。  ハッとして少年はその声へ意識を集中させ、  同じように遠話で答える。 『ベネット? ベネットなの? ―― う”っ』 『ベイビー?!』  ”ベイビー”というのが彼の名前なのか?  その少年は苦し気に顔を歪める。     その行く手を阻むよう前方に  長身の覆面男が立ち込めた濃霧と共に突如現れた。 『どこへ逃げても同じこと』      ”ベイビー”と呼ばれた獣人族の少年はスクッと  立ち上がると踵を返し駆け出した。  すぐ行き止まりになってしまう。   その先は切り立つ崖で、遥か下方には自殺の名所  ”惜別の大河”が流れているのだ。  向こう岸までゆうに**メートルはあると思われ、  獣人族の驚異的な跳躍力をもってしても  飛び越えられる幅ではなかった。    余裕顔で覆面男がすぐ後方に迫っている。     「だから言ったろ。どこへ逃げても同じこと」  少年は崖の方へ背を向け、  ジリ ジリ……と後ずさりをしながら  苦し気に言葉を吐く     「ボ …… ボクは、変わるんだ……」   「フッ ―― 所詮はガキの戯言(ざれごと)よ」 「そうか、どうかは、やってみなきゃ分からない!」  少年は身を翻した。 「なにっ?!」    慌てて崖の淵へ駆け寄り崖下を覗き込む覆面男。    憐れ……少年は遥か下方の惜別の大河に  飲み込まれてしまった。      んぐぐぐぐぐぐ……い、息が……    このままじゃ本当に溺れ死んでしまう! と、  必死に前足を動かし上へ向かおうとする ――   でも、何故か川底にブラックホールのような  とても大きい渦巻きが出現した。    へ? なんで、川の底にブラックホール?    今はそんな事を悠長に考えている場合じゃなく、    そこに存在するありとあらゆる物を超強力な  吸引力で吸い込むあのブラックホールへ  吸い込まれないよう必死に全部の足を動かす。    でも、さすがに息が続かなくなって……  そのうち、意識まで朦朧としてきて……    グル グル グル グル ――   あぁ、目がまわるぅ……  ぐ、ぐるじぃ……こんな事なら、  あの生肉食っておけば良かった……

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