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Thursday……Friday
隆俊は家の周りを少し歩いてみた。都会しか知らない隆俊にとって自然の中にいるのは不思議な感覚だった。周りに見えるものは植物だけ。空気はしっとりと優しく軽い。思い切り吸い込むと体の中が綺麗になったような気さえする。
携帯やパソコンはない。そしてテレビもなかった。こんな環境で過ごしたことがないので、どう時間を潰していいのかわからない。考えるには最高の場所だが、考える気にならなかった。死ぬことに決めたはずなのに、それを選んでいいのかわからなくなった。かといって生きることを選ぶ気にもなれない。
建物の横にベンチがあり隆俊はそこに座った。聞こえるのは風が木の枝を揺らす音と鳥の囀り。それ以外は何もない。こんな場所なら生きていけるかもしれない。誰かに見下されることもないし、自分の面倒だけを見てゆっくり時間を過ごせるだろう。暇つぶしにしていたスマホのゲームやSNS、テレビがないだけで時間の流れが穏やかになった。田舎暮らしをしたい気持ちを理解できなかったが、今ならわかる。そう、ここは優しい。
窓から室内を見るとロウはソファに座り本を読んでいる。人間の知能と動物的勘、狼の能力。やはりこの男は「特別な男」だった。ヒートの兆候を嗅ぎ取り居場所を特定するなど他の人間にできるはずがない。現に警察はまだ自分を探しているはずだ。
ロウの視線が本から隆俊に向けられた。視線を察知したらしい。立ち上がり窓を開けた。
「何か飲みたいか?」
「いや。何を読んでいるのかなって。見られているってわかったの?」
「ああ。人の視線には重さがある」
隆俊にはまったく理解できない感覚だ。
「読んでいる本は、ネグレクトでジャンキーの母親が死んだあと、ある男に探偵の指南を受け少年が成長していく物語のようだ」
「それって俺を説得しようとして選んだ?」
「違う。昔も差別や偏見はあった。だが今より心は自由だったと私は考えている。だからこの時代の本を読むと気持ちが落ち着く」
「そうなんだ……何か読んでみようかな」
「本の中には沢山の人生がある。それに触れるだけで自分の経験値が増えるような気がするから読書は私にとって大切な時間だ」
隆俊は家に入るために窓を離れた。いつも周りを気にして首をすくめていたから友人とは呼べない知り合いしかいない。ロウのように自分に向き合ってくれた人は今までいなかった。
隆俊は認めるしかなかった。ロウという男のことをもっと知りたいと思っている自分の気持ちを。
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