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第3話

*  風に吹き上げられた紙吹雪が花びらのように降り注ぎ、あらゆる性別と人種が集うこの場所で人々の表情を一様に緩ませた。  そんな場面ですら美しいその人には表情がなかった。完璧な笑顔も、あおられた髪を直す柔らかな仕草も、何一つ心がない。この世で本当にしたいことは何一つ叶わないと知っているかのようだった。  うっそうと茂った葉陰に顔をのぞかせる、もしくは夜明けのほんの一時にしか姿を見せない瑞々しい花のような顔に、分別くさい諦念の光を帯びた瞳。二つの要素がぶつかり合って、不思議な印象をうんでいた。  それが獣人でα(アルファ)のデルフィンと、至高のΩ(オメガ)と言われたジョアンとの初めての出会いだった。  世界が今よりも混沌としていた頃、人と獣人の共通の祖先から獣の遺伝子を取り込んだ獣人が生まれた。その後、進化のかなり早い段階で男女の性は亜種としてα(アルファ)β(ベータ)Ω(オメガ)性に分化していった。  わずかな外見の違いと、大きく異なる身体的ポテンシャル。それぞれの獣の特性が現在の獣人の文化に(いろどり)を与えていた。  イルカの遺伝子を引き継ぐデルフィンは、三日月型の瞳孔と明るい灰色の髪こそもっていたけれど、外見は人間と殆ど変わりなかった。  ただ、人間よりも美しく屈強で精力的な身体。その器を満たす高い知性と尽きることのない好奇心。鋭い聴覚、嗅覚、そして美しい歌声は、はるか昔から受け継がれてきたイルカの遺伝子によるものだった。  熱狂する人々の中で息をひそめるように気を張っているジョアンの小さな身体。華奢で小柄なところは獣人のΩと大差ない。  人間の町で成人したΩを見るのは何度目だろう? 記憶をたどってみても片手で足りるほどしかない。  デルフィンは主に獣人が集まっている町に住んでいた。人でも獣人でもΩの人口割合は同じように小さかったが、獣人の町では薬を適切に服用している者は一般的な生活をしているため、見かけることは珍しくなかった。  強いフェロモン放出によりαの理性もたやすく崩してしまうΩ性。人間社会ではそんなΩをために設けられた特殊後見制度を利用して、裕福なαたちは気に入ったΩを自らの(とりこ)としていた。  外見が優れたΩを正式に自らの手元に留めることのできるこの制度により、斡旋業者が高額の手数を徴収するのが常だった。両者のマッチングは高利潤のビジネスでありながら、現代の娼婦、男娼オークションと揶揄されていた。  一方、平凡なΩの行き着く先は低賃金の仕事だったけれど、発情期さえコントロールできれば社会の隅で静かに暮らすことが叶っていた。しかし運悪く望まぬ(つがい)関係を結ばれて惨めな最後を遂げることも少なくなかった。  そんな中でもとりわけ人目を惹くジョアンは、容姿の美しさを最大限に活かし、発情期の始まった十代半ばで最高の生活を手に入れたのだった。そんな生活を既に十年以上享受してきていた。

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