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第4話

 資産という名の権力を持つ人たちのための観覧席は、多数の人間のαの中に獣人やΩがいることを鷹揚に許容している。嘘くさい寛容さだ、とデルフィンは独り言ちた。  人間の町で年に一度開催される大きな祭りは賑わっていた。踊り子たちが通る道筋に設えた建物は真昼の突き刺すような直射日光を遮り、どうやって用意したのか冷たい飲み物まで供されている。  飲み物を手に知り合いを見つけてはひっきりなしに移動する人々の邪魔にならないようにしていたデルフィンはいつのまにかジョアンの隣に押しやられていた。  人間とは違う価値観と文化を持つ獣人社会でも彼は有名だった。これまでの後見引受金額を大幅に更新してされた至高のΩ。つまり、最高金額で競り落とされた人間、という訳だ。  好奇心から声をかけたのはデルフィンだ。 「こんにちは。」  相手の価値を吟味するような長い沈黙の後、ジョアンは慇懃な笑顔でおざなりに口を開いた。 「......こんにちは。」  人間の美醜には詳しくないが、柔らかい曲線を描いた目鼻立ちは整っている。目元口元には成熟した色気がある、と付け加えることもできる。褐色の肌は滑らかで艶を持ち、くすんだ緑の瞳は森の奥の葉陰のような静けさをたたえていた。  番がいなければさぞかし多くのαの理性を狂わせていただろう。  ただ、そこには相手を寄せ付けない空気が漂っていた。  極上の美を与えられた人形のようだ、とデルフィンは心の中で評価した。 「デルフィン(イルカ)・ダンです。初めまして。」  差し出された手を空から降ってきた魚を見る様な表情で一瞥したジョアンは、嫣然と笑みを浮かべた。 「悪いけど(つが)ってるんだ、だから握手はしない。」  軽く首をひねってうなじを見せる。襟を抜いた珍しい形のシャツが噛み痕のある艶やかな褐色の肌に輝きを与えている。相手は番のいるΩだ。分かっているのに、ダンはそこから目が離せなかった。  そんなダンの心中を察したかのようにデルフィンは軽く頭を振り、そこに貼り付いていた視線を断ち切ってツンと顎を突き出したまま前方を見た。  名前くらい知ってはいるが、名乗りもしないとは。随分な態度にさすがにムッとした。そもそも握手くらいで番以外の相手に嫌悪反応が出ることなんてないだろう。(てい)のいいあしらい文句だ。  だからこういう場所は苦手なのだ。  仕事の関係で招待された友人に無理やり引っ張ってこられから、せめて楽しく過ごそうと話しかけただけなのに。  このつっけんどんな態度は自意識過剰だ。否、そういう扱いに慣れているのだろう。しかし番っていてもいなくても魂のない人間に近づく必要はない。  遠くからひときわ大きな歓声が上がった。最後(トリ)を務める一番人気の踊り子達の熱気が空気を通して伝わってくる。祭りの勢いはいよいよ頂点に向かって上り詰めてゆく。  最低限の礼だけ尽くせばいい、と割り切ったダンは相手に合わせるのを止めた。

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