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第6話

「あっ……。」  誰かの肘に突き飛ばされ、口を開いたまま倒れるに任せた身体が砂の舞う地面に引き寄せられてゆく。小柄なΩなど気にも留めていないαたちが、通りを見下したまま乱雑な足取りで向こうから移動してきた。  あの美しい肌が汚れてしまう。そう考える間も無くダンはジョアンに覆いかぶさって自分の身体の下に押し込んだ。何人かが自分の背中を踏んだり、足を引っかけて転がったが、そんなことはダンにとってどうということもなかった。  なのに、身体の下で守ったはずのジョアンの悲鳴が耳を突きさした。 「やぁぁぁぁ!!! いやだぁぁぁぁー!!!!」  必死に身体を丸めて頭を振るジョアンに困惑していると、突然肩を掴まれ、ダンの身体は乱暴に後方に投げ出された。  何が起きたか理解できなかった。  受け身を取って失礼な相手を見ると、厳つい警護人がダンを見下ろして吐き捨てるように言った。 「触れるな(ノリテタンヘレ)、獣人風情が。」  両手で顔を覆いながら震えるジョアンに歩み寄って抱き起こしたのは先ほどの老齢の男性だった。  人間のαで、ジョアンの後見人プリモス。多数の店を経営し、財力に見合った篤志家でもある。真夏昼間の空の下でも涼しげな顔をして、70代には見えない恵まれた体躯を仕立ての良い服で包んでいる。 「ジョアン、大丈夫か?」  上下する小さな背中をプリモスがさすっていると、まん丸に見開かれた瞳に少しずつ光が戻ってきた。 「っ…...はい、ちょっと驚いただけ。」  過呼吸気味に浅く息を吐きながらそう答えるジョアンの顔にはまだ恐怖の表情が残っていた。血の気の引いた顔で震える指先を見つめるつむじに向かって低く掠れた声が降る。 「よそ見しているからだ。気をつけなさい。」  体を支えられて立ち上がったジョアンが無言で頷くと、プリモスは歩き始めた。背についた砂も払わずにその後ろについて行くジョアンをダンは複雑な気持ちで眺めていた。

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