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第12話
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宵の風が昼の暑さを押し遣る庭には、数えきれないほどの人が集まっている。
同時並行で進む雑多な会話が絡み合い、開放的な空間全体に音の濃淡を作り出してゆく。宵闇に光を与える灯が着飾った人々を照らし、季節外れの祭りのようなどこか白々しい高揚感を漂わせていた。そこここに散らばった楽団の奏でる哀愁漂う曲がそんな散漫な場の空気を纏めていた。
ダンは数人の獣人仲間と、プリモスが開いた集まりに招かれていた。ここしばらくは体よくあしらわれて館に来ることがなかったので、久しぶりの訪問だった。
ジョアンは元気だろうか。
胸の奥が煮詰まるような嫌な予感しかない。彼のことだけが心配だった。
ざわつきに方向性が出た。何か新しいことが始まっている。耳の聡い獣人たちはすぐに気が付いてあたりを見回した。
人々の視線が集まる先に館の主のプリモスが二人のΩを従えて歩いていた。一人はまだあどけない表情を残す、おそらく初めての発情期を迎えたばかりの成熟しきっていない少年。そしてもう一人は、誰にも、何にも視線を合わせず、背筋を凛と伸ばしているジョアンだった。
残酷なほど美しい二人のΩは、これから光と影に分かれてゆくのを象徴するかのように白と黒の艶やかなシャツを着て、共布の飾り布を肩から垂らしていた。
リーンと高い鈴の音がするとそこにいたほとんどの人が口を閉じてプリモスの言葉を待つ。
今日は足が痛むのか杖を突きながらも、建物の前に設えた段上にあがると背筋を伸ばして簡単な出迎えの挨拶を口にした。
「この度、私はこのエドゥ・ノウム を新たに後見することになりました。本日はそのお披露目もかねて皆様にお集まりいただきました。」
そこには、ここに集っている人々の間の暗黙の了解、前のΩの後見は終了するので次の後見人を求む、というメッセージがあった。
「できるだけ多くのΩに安心して暮らす機会を与えるために後見をしてきましたが、私の年齢から考えても、子を成すことのできる機会はおそらく今回が最後となるでしょう。
今の番であるジョアンはご存知の通り当代一の美しさをもって私を慰めてくれました。同じように彼を後見したいと願っている方が沢山いたことは今でもはっきりと覚えています。前回身を引いてくれた方にも彼と豊かな時間を過ごしてもらいたい。
番解消治療は以前より安全性も高まりつつあるので、彼のくびきを放ち、私というαを狂わせた至高のΩに戻して次の後見人を探してもらおうと考えています。」
そこで一旦止めてプリモスは隣で虚空を見つめるジョアンに向いた。
「ジョアン、幸せになりなさい。」
人々の間から拍手が起こった。
なんという言い草だ。なんという理屈だ。結末の分かった空々しい芝居に、ダンは舌打ちをした。
セトが隣で何の感慨もなさそうな顔で呟いた。
「哀れな人のΩ。」
番解消治療は失敗すれば心身が破壊される。上手く解消できたとしても、次に番機能が上手く働かない可能性も高かった。そして、番が成立しなければそのΩの行く場所はない。全てのリスクを負うのは、何の決定権もないΩだった。
お披露目された新しいΩのエドゥはぴったりした革製のチョーカーを着けていた。まだうなじを噛まれていないのだ。
何度かの祝辞やスピーチの後人々は入り乱れて杯を交わし、もつれて歌い、踊り始めた。プリモスはまだ番になっていない方のΩが奪われはしないかとちらちらとあたりに目を配っていてジョアンのことは忘れているように見えた。
ダンは離れた場所から、他の人に聞こえないように高く小さな声でジョアンを呼んだ。
「ダン……」
「散歩に行こう、どうせみんな酔っぱらっていて気付くまい。」
ジョアンに触れないようにしながら、肩にかかっている飾り布を頭の上に引っ張り上げると、その美しさは帷 の中に沈んでいった。
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